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  • 2012.12.01 Saturday
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極秘伝の物語り(その1)

 極秘伝の物語りである。
何の秘伝かというと、霊法の秘伝である。霊法ないし霊術だ。
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新ブログ【靈學のススメ】スタート

新ブログ【靈學のススメ】のスタートです。
サブタイトルは『霊的アイデアを獲得する時代へ』です。

わたしのところでは、月一度もしくは弐月に一度の割合で『靈學講座』というものを行っている。すでに昨年から、7回を数えている。


〔祝〕幻の整体操法ブログ1周年 【腹をつくる方法の復刻】

 不動宝剣作法
         (宝剣作法をする川島金山)

このブログも1周年を迎えました。
駄文を読んでくださった読者に御礼を申し上げます。

僕がこの1年間ブログで何を述べてきたのかというと「腹を作る方法の復刻」ということに尽きる。

1つは腹を整える基礎操法としての野中操法+整体操法。
もう1つは、滝行気合の法である。

これらのことに関して多くは語りません。いままで述べ過ぎるくらい記述してきましたので・・・。しかし実際に野中操法の真の整圧法も徐々に開陳してきておりますし、滝行気合の修練も着実に進んできております。価値を認めた方だけが、研究会にご参加ください。

いままで再三、云ってきていることですが、僕が観ているのは100年200年、更にずーと先です。我らが発した光りを受け取る未来の者たちを見据えている。療術や霊学が未来の人々を利益するものとなってほしいのだ。

しかし、今を開拓しない限り未来もない。
同時代の息を吸い活動している同志と人生を楽しみながら、この道を切り拓きたいと思う。

2つの腹をつくる方法で何が得られるのかと言うと、健康と整体の技術が得られるというのが1つ。もう1つは鎮魂帰神と本覚(さとり)である。この2つは整体操法の創始者;野口晴哉師が得ていたものだと思う。

現代の操法家で天心(本覚)や真の気合を得ている何人がいるのであろうか?甚だ疑問である。まして齢20〜30の若輩者に本覚など不可能なことだ。僕は近年、整体協会やその他の操法家と交わってきて、愈々落胆の度を増している。ナマ悟りが多いのだ。しかしながら、我が研究会に来られている同志は、仲々の道骨の持ち主ばかりだと思う。そこに一条の光、希望がある。(敢えて申しますが野口晴哉師の直弟子先生は格が違うことを申しておきます。整体を習うなら直弟子先生をお勧めします。)

このところ勘違いしている御仁がいるようなので申しておきますが、野中操法の本当の整圧は、そう簡単にわかるものではない。毎日毎日、コツコツと真剣にやった者だけが分るものである。親指などで押して分るものではないし、応用法を語るなんていうのは論外です。法というものは、どんなものでもそう簡単なものではない。もっと謙虚に学ばなくては蘊奥を掴む事はできません。

はっきり云って密教・霊学などは尚更だ。僕はこの分野に関して、約30年の積み重ねをしている。15〜16歳の子供の頃から一心に続けている。滝行気合法を通じてそのエッセンスをお伝えしているのである。物事分ったつもりは本当に良くない。実際全然分っていない場合が多いのだ。だから諸兄は、無心に、至心に修行してほしいと思う。密教・霊法には、拝師とか三摩耶(誓請)といものがつきまとうのだ。このことは「毒蛙の喩え」というものがあり、実に恐ろしいものである。

僕は随分前から「延命十句観音経」というお経を読んでいる。お経の中で一番短いといわれるものの1つだ。その経句の中に「常楽我浄」という句がある。これを理解するのに「我れ常に浄らか(なことを)楽しむ」と訓じていたことがあった。しかし、そのように読めはするのだが、なんだかしっくりとこない。しばらくすると、或る禅師の解説書が手に入った。その解説書によれば「常楽我浄」というのは「観音様の四徳」のことで「常徳・楽徳・我徳・浄徳」のことだと解説してあった。つくづく人サマに間違ったことを話さなくて良かったと思う。お互いに知ったかぶり、早飲み込みは戒めたいものである。

さて、この幻の整体操法ブログも2年目に突入した。今後、どのように展開してゆくのだろうか?
心底楽しみである。

サムライとしてありたい 【国家を論ずる】 一国民・療術師として

 昨日は雪が降った。積もることはなかったが、さすがにとても寒かった。
こんな日には特別な思いが脳裏に浮かんでくる。

昔、先生からアドバイスを受けた。おまえは幾人かの人をつかえと。42歳ぐらいを過ぎてからも、一人で力を使い果たしてやってゆくのは大変だと、こう言いながらアドバイスしたのである。その先生はなんでも器用でうまかった。鍼などはそれは見事なものだった。天源(てんげん)というものでいう、ケレンがないとものごとは上手にはならない。

ケレンとは何かというと、それは十二支でいう、丑(うし)と戌(いぬ)のことだ。
人は生まれながらにして天・地から気を享けるという。それを天干地支(てんかんちし)といい、生年月日等による占術・占法というものはこういうものを基にして構成されている。占いの根源にあたるものが天源である。

江戸時代後期に下級武士であった横山三之助(丸三)という方は奥野清次郎という方から、この天源の伝授を受けた。三年後には皆伝者となった。自他の運命というものを百発百中で当たるようになっていたのである。しかしあるとき師匠の奥野は、あと三年も経てば自分は口が聞けなくなるから、いまのうちに聞きたいことは聴いておくがよい、といわれた。横山はそんな師匠に、先生はそれがわかっておいでならその運命を変えてはいかがですか?と言った。しかし奥野は、いやいや宿命には逆らえぬものだと首を横にふって、話はおわった。三年後、奥野はその予言通り、寝たきりになり逝去された。遺言で奥野は門人に、後は横山に託すと言っていた。後継者の横山は、そこで考えた。如何にしたら宿命から逃れられるのかと。そこで翌日、横山は朝から心を晴れやかにするため、自分の細君に「おはようございます」と明るく挨拶した。これが「淘げ(よなげ)」というものの始まりである。

横山は実は「戌(いぬ)」の気が強く、こういう人は朝がとても不機嫌で無愛想なのだ。横山の細君も戌の気が強いので、家の中は益々陰気になる。横山は、これを変えるところから開始して斯術を編み出したのである。この戌の気を「煉(レン)」と名付け、丑を「紐(ケツ)」と名付けた。ケツとは「結」とも書く。レンは練成し煉ってゆく、ケツは結び硬くなる。これが人の性格に現れると、粘り強い、動じないというような職人気質の人になる。これを略して「ケレン」というのである。僕は奥野先生、横山先生と伝承されし天源を大阪の大前重次郎先生という方から伝授を受けた。淘号は春風。すでに故人である。この先生には大変お世話になった。

僕の療術の先生の一人は、この「レン」が強かった。眼光炯々として、粘りがあった。だから鍼の上手になれたのであろう。この先生からは気功法の基礎になるものなど沢山のことを教わった。この方は整体でいう『体癖』の「9種」だと思われる。骨盤が開閉する型、すなわち9種体癖である。骨盤が閉じるから視点が下に絞られ、視野が狭くなる。非常に集中力がある。腰椎の四番の動きにその特徴がある。

この『体癖』と『天源』というものの見方をあわせたり、相関関係など研究したら面白いのではないか。一般の方が活用できるようなものを提供できたら、世の人々を裨益するところ大だと思う。
(世人には、あまり知られていない『淘宮静座法』(とうきゅうせいざほう)と呼ばれるものもあり、伝授を受けているのでそのうちこれも公開することにしたい。)

僕は雪や嵐の日に何故か人からお呼びがかかる。まるで試されてるかのように。これが体癖や天源の素質につながっておるのだと考えられる。だから40歳になろうが50歳になろうが60歳になろうが、自分が楽をするために人を使うということはないのである。別の動機、理由に依らなければ、他人と仕事をすることはない。しかしながら5年以内に違う展開のあることを予感している。

このような寒い日や雪の日には、何故か難しいことをやりたくなる。
だから27日の記事で書いたようなことを考えるのかもしれない。
事実、僕は偉い元官僚であり政治家であったその方のところに行った。予告通り、邪気を吐き、深息し、気合法をやり、ウーム大丈夫「念ずれば必ず現ず」と活を入れ遠隔輸気(思念)して出向いた。手土産に縁起をかついで、日本酒を持参した。岐阜県下呂の金山というところの日本酒だ。自分の名前と同じだからこれはよいと考えた。随分いろんなことを話した。忠臣蔵の大石蔵之助という人はあんなような感じの人だったのではないかと以前から考えていた。僕は一療術師、国民としての考えを述べた。気合法のことも言った。しかし、党首や幹事長にコンタクトするところまではゆかなかった。そんなことよりも嬉しかったのは、なにかあったらちょいちょい立ち寄ってくれといわれたことだ。今後も情報交換・意見交換しましょうということになり、なにかの会合など来てくれということになった。請われれば選挙、集会で気合法をやることもお伝えした。まあ、あの先生は既に政治家ではなく、国家というものを意識した、日本の国の善きものを残しながら、国に仕える人間を啓発するということが目途だろうから、そんな方々とも今後はご縁ができるのであろう。だが、当初の目的の通り、政治家・官僚の連中に気合を伝えることは貫く。別の関係者に小沢さんの親戚もいるからそっちからいうのも良いかとも思う。まあ、自民党も民主党も僕の中では関係がない。最も大切なことは、己れの計らいを捨てることだ。ウームと気合法で活を入れたら、ご縁にお任せすること、これが大切だ。あとは粘りであろう。

心意気だけはサムライでありたいものだ。
僕は野中先生や野口先生はやはりサムライだったのだろうと想像している。一国民、一療術師として、僕はこの国の今を憂いている。ものごと「ケレン」の気というものが大切なときがある。


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