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  • 2012.12.01 Saturday
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解説 八宗綱要(29)【密勝顕劣・円密一致の問答前夜】

密勝顕劣・円密一致とは

空海の真言宗開宗、それは久米寺での『大日経』講演であるとされている。最澄に会う前のことである。弟子たちの奮起により空海は上洛の許可を朝廷より賜った。

朝廷に『御請来目録』をまず上奏し、次に唐の仏具や書籍など、未だ日本にはないものを献上した。これが相当に皇族や貴族に効いたのである。だが、誰がその道筋を付けたのかといえば、それは日本天台宗の開祖・最澄法師である。

その意味で最澄は日本仏教、祖師仏教の根本教師と言ってもよいのではないかと思う。空海ですらその仏道一途の気概によって道が開かれたわけであるから。

・・・・
淳徳は例によって、師匠の命により急いで叡山の麓、坂本に降りてきた。すでに安全ではあるが、万が一ということもある。根っから真面目な淳徳は空海を前にして口上を述べた。外であるのに関わらず、地に伏して平伏し、頭を上げ得ず、まさにくどくどと口上を述べるのであった・・・・。

「秘密宗、天竺唐土大和、三国伝燈阿闍梨、第八祖空海和尚さま。比叡山にご来臨遊ばされ、日本天台宗、唐土天台直々嫡々の法蓮華経の唯一法師、最澄上人白蓮座下。それがしは最澄法師の仏祖嫡々の愚禿弟子・僧淳徳にございます。ただいま師僧よりのお言いつけにより参上しました由は・・・」
こうして口上が続く中、空海は笑って答えた。
「あなたの御師僧さまに、早く会いたいもの。さっそくではあるが、ご案内していただこうか。お出迎え感謝します、淳徳殿」
淳徳は口上読みが途中で制されて、口を開いていたが、それをみて空海は明るく微笑んだ。
「うむ、ゆこう。比叡のお山頂上に。我が国の仏道を興隆せしむるのだ。はっははは」

淳徳は思う。わが師とは聊か違う。生一本は同じだが、何かが違うのだ、空海様は・・・。
しかし・・・、と淳徳は思う。この偉大なお二人の出会いによって、この国の歴史は変わってゆくのだと。

「御師僧さま・・・。この二人が良円と良泰であります」
二人は言いつけ通りに替え玉役を演じた。そして事が済んだら比叡山に来るように言われていたのだった。淳徳の記した添え書を二人は持っていた。

「うむ、貴殿らのことは、良範から聞いている。良義さまからもだ。法器に成り得るものが、貴殿らには備わっている。よく修学し磨くように。時至れば、我が法門に直入(じきにゅう)の機会があるであろう」
空海は凛として宣べた。

「はっ、是非とも密蔵を学びたく存じます」
二人は挨拶をあらかじめ用意し、同時に言えるようにしていた。

「密蔵の伝授に規則あり。10歳以後『法相・三論』の道に入らしめ、しかして後、数年を経て十八道を授く。その歳、40歳にしてはじめて金剛・胎蔵の大法を授ける。よいか、これが恵果大阿闍梨さまのお教えである。よく肝に銘じて精進せよ」
空海はそう言って、二人を見た。黒曜石のような瞳であった。

・・・
「おお、これはこれは、比叡の山に御来駕いただき忝く申し上げる。先だっての密宗経論、未見のものゆえに判別できぬところもあり申すが、ここより法宝の仮借、感謝致す・・・」

「いえ、最澄殿には、我が道を理解いただき、開いてくだされた、心より感謝するのは、拙僧のほうでございます。経論は仮借ではなく贈答です。お納めください」

横で聞いていた良範は、すかさず口をだす。
「大法師・最澄さまにおかれましても、師僧空海さまにおかれましても、お疲れと存じます。今日のところは、これまでにして明日にまたご両氏の論説など交換されれば幸いかと・・・」

最澄も良範の機転に圧されて同意した。

「良範、最澄殿との『密勝顕劣・円密一致』の論戦はどうやら避けられぬな」

「いえ、大丈夫です」
「明日の叡山での論議は、こちらに利がございます」
良範は確信をもって師僧空海に報告した。


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。 

解説 八宗綱要(28)【二大巨星 ついに邂逅!】

空海阿闍梨、比叡山の根本中堂・一乗止観院に至る

遂に空海の上洛である。弟子たちの努力によって、京に入る直前、空海は比叡山に赴いた。それは当然、最澄による招聘である。

奈良から和泉、各所で講演を行い、直接京へは入らずに、琵琶湖は瀬戸の方面に向かう。川島皇子の御陵のある近辺を抜けて、一端左に回り、現在の醍醐山辺りを通って山科に出て、そこから浜大津に出、坂本から叡山に登ったのである。

この計画に先立って、良範は或る仕掛けを行った。和泉を出たところから京にゆく方面との分かれ道で、良円と良泰その他の僧に、替え玉を演じてもらったのであった。というのは、不穏の噂があったからであり、空海の上洛を好まない者もいたのである。しかし、そこはそれ、巷で顔の広い良範であったから、どこの某が誰々が妙な動きをしているとか、かなり役に立つ情報を得ていたのであった。だから逆に偽りの情報を流したりもした。

「おぬしらに頼みがあるのだ」
こう良範は話を切り出した。
「いよいよ空海様の上洛なのだが、不穏の動きもある。殊に最澄殿と会わせないようにする。このことだ。仏天のご加護もあろうが、弟子としてはきっちり仕事をせねばならん。是が非でも所願を果たさねばならんのだ。そこでおぬしら二人に加え二三名で、空海様一行の替え玉を演じてほしいのだ。和泉あたりから京にゆく地点で、そっと入れ替わるのだ。御師僧さまには大変苦労を強いるが、そこからは徒歩で比叡山にゆく。これがまず間違いなく安全な策なのだ。当然、屈強な猛者も人夫のように一行には入っているのだがな」

「良範さん、わたしたちにそんなことが出来ますかね。それでわたしたちは京にいけばいいんですか?」

「いや、おぬしたちは一端、京の直前で宿に泊まりそこで医師(くすし)を呼ぶのだ。一行の誰かが体調不良になったことにするのだ」

「なるほど、それで時間を稼ぐんだ。しかし、良範さん、そううまく医師やら宿があるのですかね?」
良円は察しが早いので、的を得た質問をした。

「大丈夫だ。すでに手配済みだよ。必ずうまくゆくから、おぬしたちはとにかく仏様に仕えているような振る舞いで進行すればよいのだ」

「しかし、仏門にありながら、そんな芝居をして破戒ではないですかね?」

「良泰よ、ものを為すには腹芸も必要だよ。清濁併せ呑む、これが必要なんだよ。確かにな正確には破戒かもしれんな。だが、『嘘も方便』という語があるだろう。大切なことは何を為すのかということだ。何のために行動するかだ。わしなぞ、そんなことを言っていたら、とっくに地獄ゆきだわい。体がいくつあっても足りん。わっははは」
良範は、いつもように朗らかに振舞う。
そしてしばらく沈黙の後、
「良円、良泰、今回はよろしく頼んだぞ!」
そう言って、手をついて頭を下げた。
そのとき二人は、この良範という人の師匠への思いと道に対する真摯さを垣間見たのであった。

「良範さん、あたまを手をあげてください。わたしたちもこの御縁を頂いたことに感謝して、必ずお役に立つように努力します」
三人はしっかりとお互いの手を握った。

彼らの努力と幸運もあって、空海一行は比叡山の麓まで無事に到着した。

天台法師最澄上人は、比叡山の根本中堂・一乗止観院にいる。
阿闍梨耶・空海和尚、比叡山入山である。
(※密教の師匠のことを阿闍梨耶または阿闍梨ともいう。インドのヴェーダにおける規範を伝授する指導者、また部派仏教においては修行僧たちの規律を指導し教義を伝授する高僧のことをいう。日本に於いては、真言・天台のニ宗の教師を阿闍梨といった。教授阿闍梨は法を教授する者をいい、伝法阿闍梨(でんぽうあじゃり)は灌頂を受けた僧侶のことをいう。阿闍梨には資質があり、『阿闍梨の十三徳』というものが『大日経疏』の具縁品経疏に詳しく説かれている。)

「良範よ」

「はっ、御師僧さま」

「いよいよ、比叡山であるな。最澄さまとは、『顕・密』の論を戦わさんといかんな」

「はい、それが宿命(さだめ)かと・・・」

「うむ、わかった」
阿闍梨耶・空海の本当の仕事のはじまりである。


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。 

解説 八宗綱要(27)【最澄への贈り物・法華経儀軌一巻】

空海の上洛許可が出る

空海和尚や直弟子たちの狙いは的中した。これも最澄法師の計画でもあったわけだが・・・。もし空海が奈良の南都六宗の権力者たちと強く結び付きすぎていたら、この計画は実現できなかった。あたらしい都に、あたらしい仏教の風を吹き込むことはできなかったのである。

「最澄さま、良範殿から、彼の師僧・空海さまの書簡一式をお預かりしてまいりました。また、空海さまよりの『秘密の論書・儀軌』が添付されております・・・」

「淳徳よ、ご足労であった。大儀である。おまえも随分と目の輝きが出てきておる。その気力が一宗の開基には必要なのだ。そうでなくては、この事業は為し得ぬ。空海殿はすべて分っておられる。わたくしとは、教理の根本が違うので、いずれは各々の道をゆくことになろうが、平安の都に、密宗の教えを根づかせることは、共通の事業なのだ。よいか、このことをよくよく肝に銘じよ」

「はっ、心得ております。師の思いを世に出すことが、仏道と思い究めております」
そう言って、淳徳は手を合わせ、頭上に置いた。

「ところで勝安寺の良義老師さまは、お元気であられたか?変わったことや気付いたことはあったか?」

「はい。あの寺には有望な若い僧侶の卵がおります。確実に育てているように思われます。すべて良義さまのご指示とお見受けしました。また、良範殿が鍵を持つものだと認識いたしました。『秘密宗』の教えを如法に修行するために、彼らは『三論』『唯識』『華厳』を学んでいるようです。『アビダツマ倶舎』をやる者もいますが、優秀な者には徹底的に教え込んでいるようです」

「うむうむ、なるほどな・・・」
「よいか、淳徳よ、遅れをとってはならん。優秀な若者を全国から探し出し、般若法華を講ずるのだ。よいか、急ぐのだ」
最澄には、良義老師の意図が分ったのであった。それは空海とのやり取りから出ている教育方針だということを。一瞬にして見抜くことができた最澄はさすがに当時最高の大学匠であった。

最澄との裏での交流の後、空海は『御請来目録一巻』を朝廷に上奏した。そして、しばらくして上洛の許可が出たのである。

空海が良範、淳徳を経て、最澄に手渡したものは、『御請来目録の写し』と『法華経の密法一巻の儀軌』であったのである。法華経と密教を統合する、このことが天台一乗の教えを完成させるためには、どうしても必要だった。そこを空海は見抜いて、最澄に贈り物としたのである。

空海は九州を離れ、まず奈良に入り、あの久米寺で『大日経』の講演を行った。ここで初めて日本に於ける密教の本当の弘通が開始されたと言ってよい。

ここから和泉の栂尾山に入り、上洛するのだが、その前に比叡山を訪れたという故事もある。史実では、栂尾から京都に入ったというのだが、実際には先ず、最澄に会ったというのが事実と思われる。

「淳徳よ、よく空海殿のお弟子と息を合わせて、この叡山に師をお連れせよ。妨害も予想されるからな。一命の危険もあり得る。たのんだぞ」

「はっ、一命にかえて、空海さまをこの比叡に、御座主様のもとにお連れ申します」

そのとき良範は師の僧のもとにおり、比叡山側との調整を綿密に行っていた。
「良範、首尾はどうであるか?」
「はい、御師僧さま、まず順調に存じます」
「うむ、よろしい」
いよいよ、空海の上洛である。


 ※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。

解説 八宗綱要(26)【秘密経典・論疏に未来を託す】

直弟子たちの活躍(交換条件をめぐって)

この時代、息のつく間もなく、遷都が行われた。先の藤原京、奈良の平城京、長岡京、そして京の平安京というわけである。ついこの間、東大寺大仏殿建立の詔が発布され、大仏が大々的に開眼供養され、大きく鎮護国家の法要が営まれた。当時、裏では政治の腐敗、僧侶の堕落が問題になっていたのである。次々と問題が起きていたのである。我が国の国主である、帝を中心とした皇族は、権威・権力を守るために、次々と移動し(遷都)、政治の中心を別天地に求めていたのである。

その裏には、僧侶だけでなく、陰陽師という者たちの助言もあった。彼らは当然、自分たちの世界観で助言する。そこには四神相応という概念があり、『四神相応の地』を求めていたと言っても過言ではない。四神相応の地とは、背後に山あり、前方に水(すい)が配置されている。これを背山臨水の地という。左右から砂と呼ばれる低い山で囲む。蔵風聚水(風を蓄え水を集める)の形態となっているものを四神相応の地という。この場合の四神は、玄武、朱雀、青龍、白虎のことである。京都の地が、この地にふさわしいとされたのであった。

例の淳徳であるが、良範たちとのやり取りの後、勝安寺を辞して足早に比叡の山に向かった。

淳徳は帰京の歩を速めながら想っていた。師の僧の直弟子の我らが、まさしく時代を切り開く捨つる石になっている。み仏の教えをもって、嚇嚇とこの国に照らし、萬人化楽、鎮護国家を実現しようとしている。普く国にみ仏のお徳を遍満するのだ。他宗と言えども、知己を得た喜び、これは古今変わることがあるまい。天竺(インド)にて、仏祖釈尊が法輪を転じ、そのもとに二大弟子あり。大目健蓮(マハー・モッガラーナ)と舎利子(サーリプッタ)である。この二人は前世の因縁により深い縁があった。その因縁により、どちらかが先に正覚者にあったら、第一に伝達し合おうと約束していた。そしてそれはその如くになった。これが知己であり、直弟子の心得というべきだ。淳徳は師恩に感謝しつつ、歓喜の気持ちで、叡山の師の下に急いだ・・・・。

「良範さん、淳徳さまに書簡を渡していたが、一体あれには何が書いてあり、何が添付されていたのですか?」
例の二人は興味津々である。

「いやなぁ、大したことは書いてないさ。わしは阿呆だからな、冗談話というかな、気持ちを解すようなことを書いたのだ。そこから突破口が開くんじゃないかとな・・・」

良泰は、堪らなくなって
「良範さん、いい加減にしてくださいよ。あなたはいつもはぐらかす時に、阿呆だから、阿呆だからというが、一体あなたのどこが阿呆なんですか。教えて下さい」
すごい鼻息である。
「時、いまに至って、そんなことで誤魔化すのはおやめなさい。意地悪・気障ですよ」

「そうかそうか、悪かった悪かった」
「うむ、それでは言うが、交換条件を出したのだよ」

「交換条件?」

「そうだ、交換条件だ!」

「・・・・」

「我が師の僧、空海さまは、九州の地に足止めだ。朝廷に都に上ることを求めても、いっこうに埒があかない様だ。このことの裏には、藤原冬嗣卿が絡んでいるようなのだ。もっぱらそういう噂だ」

「いやー、そりゃ大物だ。大物すぎる。どうしてそんなことになったのですか?」
貴族の話には詳しい良円は即座に反応した。

「空海さまは、お若いころに奈良の大学に学んだ。官吏をめざしていたのだ。前にそのことは言ったろう、憶えているか」

「はい、そのことは憶えていますが・・・」と良範。

「師僧は限界を感じて大学を出奔した。つまり中途退学したんだな。しかし在学中は、師のことだからそれは俊英の誉れが高く、成績は抜群だったという。しかしな、日頃の生活態度が今一つだったのだな。不良と言う訳ではないのだが、興味のあることに首を突っ込んでいたらしい。それが不良の徒との付き合いのように思われたんだろうな・・・。」

「そんな昔のこと、それも僧侶になる以前のことなど関係ないのではないですか?僧歴とは関係のないことが理由で足止めですかっ。この国の行政許可というのは一体どうなっているんですかっ」
良円は憤りを隠さない。

「いやな、それがだな、これがめぐり合わせというものなんだが、大学の同学に先の藤原冬嗣卿がおったらしいのだ。すくなくとも師のことを知っていた。皆、貴族で学問をやり、当然のことだが、優等を狙っているわけだ。だが、普段勉強らしい勉強もしない、(不良と思われている)空海さまが、いつも優等・一番なので、貴族連ではすこぶる評判が悪く、嫉妬も相当にあったらしい。四国あたり者が成績がいいから、風当たりが日に日に強くなった・・・」

「ああー、やだやだ、そういう貴族というヤツらの態度。ひっぱたいてやりたいな。ほんとうに目に映るよ。それで今度は僧としての道を阻んでいるというんですかっ」

「どうも誤解もあるらしいのだがな・・・。とにかく留学期間を20年間として渡唐許可を申請し許可を得たのに、たった数年で帰朝してしまった。どうしてなのか、ということもあるようだ。師の僧は『まあ、良範、慌てるな焦るな。何事も自然と言う事が大切だ。よく状況をみて判断するのだ』と宣うが、わしは毎日毎日、弟子として腸(はらわた)の千切れる思いだ。しかし、師は常に泰然自若としておられる。唐土に渡ってから、師は以前よりも更に、その洞察力と信念が途轍もなく深くなったように思うのだ」
「すると、どういうわけか、良義老師のもとに最澄殿から書簡が届いたのだ。老師を経て、わしによこしたのだな。そこには、貴僧の師僧との結縁を請うとあった。これには驚いたよ。不思議なことに空海さまは、わしの顔を観て、『良範、おまえに此の秘密経典に付嘱されたる、秘密論疏(ひみつろんしょ)をあげよう。これは何かの役に立つであろうし、道を開くの経論かもしれぬ』と言われたんだ。しかしな、どう考えてもこれが真言秘教の真中ではないと思ったのだ。この論疏に興味を持つのはと考えていたら、老師からの最澄殿書簡だ。」
「この論疏は、天台法華を奉ずる、最澄殿がどうしても欲しいものなのだよ。日本天台の教義完成のためにはな。わしは、すぐに理解して奈良行きを師に申し出た。するといつものような達筆で最澄宛の書簡を書いたんだ。何の説明もしていないのにだ・・・。本当に驚いた。神通とは聞いたことはあるし、法華経その他に書いてあるが、もしかしたら師の僧は、こういうものを具現しておられるんじゃないかとな・・・。単に頭いいとか、そういうのではないのだ」

「それでどうなるんでしょうか?」

「・・・わしにも分らん。だが空海さまは、よくわかっておられるということだ。最澄殿は、皇族・貴族の望んでいるものを熟知している。師僧は、そのことを理解しているのだ。あの、書簡と添付の経論は、秘密の教えを最澄殿に提供してもいいですよ、という親睦の意味があり、上洛(京に上がる)を可能にする内容を含んでいるということだ。すでに我々の想像を遥かに越えている話だ」

「へえぇー」
二人はあきれたような、感心したような声をあげた。

「師の思いが実現すれば、京の都のあたらしい仏教は、空海・最澄の二人の偉大な師匠によって樹立されゆくだろう。奈良では『南都の学問仏教』が華開いたが、平安の都・京では、『真言秘教の秘密宗』が大輪の華を咲かせることだろう。わしは、そう思う」

「淳徳さまのお持ちになった書簡一式には、未来の仏教が託されているんですねぇ。そしてわたしたちの未来も・・・・」
良泰は、しみじみと淳徳の人柄を想ってつぶやいた。

三人は、おのずから淳徳の帰還の無事を念ぜずにはいられなかった・・・。


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。 

解説 八宗要綱(25)【奈良仏教から平安仏教へ 動かした権力とは?】

平安仏教の出現

「・・・その原因は最澄さまにある。否、師を慕う皇族・貴族の権力者に原因があるのだ」

淳徳は一瞬躊躇したが、どういうわけか訊いた。事と次第によっては、ここで良範と論戦せねばならず、もしそうなれば師命を果たせずに帰京するよりほかなくなる。教義完成にむけて懊悩している天台の立場がなくなる。何としても、ここは自説を貫きつつも、良範そしてその背後に座す師僧・空海と融和を図らねばならい。それが我が使命であり、師恩に報いるの道である・・・。
「良範殿、それはどういうことですか?その権力者と我が師・最澄法師との関係・やり取りを貴殿はどのように考えているのでしょうか?まさか、師の僧が権力者を動かして、空海様の道を阻んでいるという認識なのでしょうか?」

「うーむ、難しいことを言うのう、ご貴殿は。あっははは」
「では、逆に訊くが、ご貴殿はどう考えているのだ」

淳徳は虚を突かれた感じであった。そんなことなど考えてみたこともなかった。道とはひたすら師の教えに着いてゆくこと。その歩んだ軌跡が道なのだと思っている。だから教理を学び修道する。組織のことなど考えずとも、仏天の御加護で何とかなってゆく。淳徳はそう信じていた。だが、師の僧の歩みを見れば、すごい出世をされている。これは単に師の存在に皇族も貴族も仏(ほとけ)を見ているのだと思っていた。しかし、昨日からの此処でのやり取りを聞いているうちに、時代の歩みには必然性があるけれども、何がしかの計画や権力の行使があると思うようになっていた。
「師は心は清らかであり、大乗菩薩戒を唐土で受け、更に大菩提心をお持ちになられております。その師に限って他者の道を妨害するようなことはありませんぬ。いえ、断じてありませぬ。ですからそれは何か他の原因、縁に根本があるように思われます・・・」

「まあ、分るような分らんような・・・。お答えですな」
「そんなに難しく考える必要はない。事実の詮索も必要ではない。大切なのは、時代を背負っている二人の偉大な師匠がいるという事実、これが第一。第二にその二人には、大慈悲があるという事実。この二つさえ確認できれば、あとはどうにでもなるんじゃないか?表面上のことは、世間仮虚、因縁仮合したものに他ならぬ。飾りのようなものだ。強靭にそして柔軟に対応してゆけばよいのではないか?そうすれば必ずお互いの道が見つかるんじゃないか?どう思われる淳徳殿」

「そ、そうですね。しかし叡山にあなたのような方は居らない。もしかすると師の僧は、この一件を通じてわたくしに教えているのかもしれない。いや、きっとそうだと思います!」
淳徳なりに悟りを開いたのであった。

「しかし、あなた達もよい先輩師友を持ちましたな」

「まあな、わしが良い先輩がどうかは分らないし怪しいもんだが、随分前に亡くなったが、年長の高徳の僧がよく言っていたよ。先輩師友は、練れた人に限る、明るく屈託なく、それでいて明敏である。気力は絶倫であり、慈悲にあふれた人を選べ。殊に師匠と先輩はこの観点から選ぶのだ、とな。これが修道を成就する秘訣だとも述べておられたな。わしもその教えだけは守ってきたつもりだ」

「いやいや、本当に羨ましい限り。比叡の山に帰りたくない思いが、俄かに生ずるのは何故かな。だがわたくしの師匠はあの御山におわすのです・・・」

「良範さん、ところでその権力者って一体誰ですか?」良円の興味のあるところだ。

「うむ、それはな」少し声を落して良範は言う。
「桓武帝、藤原冬嗣卿などの実力者だというのだ」
「これには参ったよ。最澄さまを唯一の法師と仰ぎ奉り、大会において、法を受けて、天台法華を南都と並ぶ一宗に推すという。すごい権力の行使だ。都が遷都するのに乗じて、朝廷は最澄殿に奏上文を作成させて、奏上させた。これがまたよくできているのだ」

「そんなことまで、ご存知なのか」
淳徳は舌を巻いた。

「記憶力に乏しいが、ざっと要旨だけ言ってみようか。
『最澄聞く、一目の羅は鳥を得ること能わず。一両の宗、何ぞ普く汲むに足らん。徒らに諸宗の名のみ有りて、忽ちに伝業の人を絶つ。誠に願わくば、十二律呂に準じて年分度者の数を定め、六波羅蜜に法りて、授業の諸宗の員を分、両曜の明に則りて、宗別に二人を度せん。華厳宗に二人、天台法華に二人、律宗に二人、三論宗に三人、小乗成実宗を加え法相宗に三人、小乗倶舎宗を加う。然らば則ち、陛下法施の徳、独り古今に秀で、群生法財の用、永く塵劫に足らん。区区の至りに任えず、謹んで表を奉じて以て聞す、軽々しく威厳を犯す。伏して深く戦越す、謹んで言す。
沙門最澄表を上る』とこういう具合だな・・」
「要するにだ、各宗の年分度者を保ち、天台も加えて12名とする。いままでの10名はそのままにしていただきたい。そう最澄さまは、奏上し、このことの許可を受けたわけだ。貴い方に、師が推されていることを知った、南都の長老五名が最澄さまを奏上者として持ちあげた。このことは朝廷にとっても狙い通りであり、三方が利益を得たことになる。この後ろ盾がまさしく先に述べた、公達なのだ」

「ちぇっ、いまも昔も出世するには、後ろ盾が必要なのか」
良円が吐き捨てるように言った。


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。

解説 八宗綱要(24)【空海和尚・すでに本願を遂ぐ】

虚しく往いて今、満ちて帰る

翌日、朝の勤行・所定の作務を了え、食を頂くと、早速いつもの三人と淳徳は集会した。お互いの腹の内を見せるというところであろう。

「・・・淳徳殿、確かに貴殿の御師僧の思いは受け取りました。遠からずそれが適うように、拙僧が手を尽くします。そう最澄さまに伝言をお願い申す。たといそれが1000日間の時間を費やそうとも必ず所願を果たします。そちらもよくよく、我が師のご援助をお願い申す」

「承知しました。わたくしも良範殿の純粋に師を世に出す、その気持ちにうたれ申した。わたくしも心境はまったく同じだからです。ところで師に伝達するための文書ですがどうしたらよいか妙案はございませぬか?」

「そのことも思案し考えております」と良範は応答する。
今度は傍らの二人を見て、
「わしは、実は筑紫に行っていたのだ。ほれ、この書簡は我が師僧の空海さまより頂戴したものだ」

「あっ、そうだ!良範さん、九州・筑紫のことですよ。昨夜の長広舌に感けて忘れてしまうところでしたよ」

「そうかそうか、ではな、良円よ、良泰のために読んでやってくれまいか」

「・・わたしがですかっ」
と、如何にも面倒くさいと言わんばかりに良円は応える。

「しかし、先達の良範殿も、この二人の若い僧も実に仲がよろしいです。結構なことです。僧伽(サンガ)とは、そうでなければいけません。さもありなんです」
淳徳の声には、羨ましさが表れていた。

「いやいや、この小僧らはわしのことを、寺男の小遣いさんぐらいにしか思っておらんのです。あっははは」
まんざらでもない様子の良範だった。

良円は声を低くして、空海和尚からの書簡を読み出す・・。
「・・・『難波に一たび別れて今に二年、海を隔てて帳恋已まず、惟みるに法体珍和なりや、空海大唐に入ることを得、幸いに慈悲大師に遭い奉って、已に本願を遂ぐ。大毘盧遮那、金剛界両部の真言秘教、及びニ部の曼荼羅灌頂伝授さる。虚しく往いていま満ちて帰る。貧道易量なり。今、便風によって此を送る。専ら降駕を候つ・・・』
(なにわに、ひとたびわかれて、いまに二年、海を隔ててちょうれんやまず、おもんみるに、ほうたいちんわなりや、空海だいとうに入ることをえ、幸いに慈悲のだいしにあいたてまつって、すでにほんがんをとぐ。だいびるしゃな、こんごうかいりょうぶのしんごんひきょう、及び二部のマンダラかんじょう伝授さる。むなしくゆいて、いまみちてかえる。ひんどういりょうなり。いま、べんふうによってこれを送る。もっぱら、こうがをまつ)・・・」

「うむ、すごい筆跡だ。王羲之流の書の表現だな。これほどのものは見たことがない。さすがに空海さまだ。特にすばらしいのは『已に本願を遂ぐ』という自信と『虚しく往いていま満ちて帰る』という表現だ。淳徳さまは、どう思われます・・」

淳徳も良円から書簡を手渡されて思わず驚きの声をあげた。
「・・・!なんと是れは如何にも、すばらしい書です。わたくしは書の嗜みは幼い頃からあり申し、よく教育されましたが、このような文を書き、更にはこの筆力の凄さは、おそらく我が国でも屈指の方とお見受け致しました。師の僧の最澄さまが、ご貴殿に頼まれて、中継ぎ役を依頼するのも、この書で了解(りょうげ)致しました・・。いや本当に驚いた」

「良範さん、『本願を遂ぐ』というのは、その前の文の『慈悲大師に遭い』秘密宗の伝授を受け切ったということなのですね。法の宝を持って『満ちて帰る』と。真言秘教というのが、『秘密宗』の別名ですね」

「良泰、それに良円、おまえたちにあっては、何もかも丸裸だわい。もっともわしら坊主は、丸裸どころか丸坊主だからな」
四人は声をあげて笑った。普段はあまり白い歯を見せない淳徳も大いに笑っている。彼はこの寺に来てまだ二日目だが、比叡の仲間たちと、ここの連中とは随分違うなと思いはじめていたのであった。

「この書を頂戴したんで、わしは九州は筑紫に飛んだのだ。師僧は大変喜んでくれた。そしてわしも安堵したのだ。兎に角、生きて帰れるか分からん旅だったのでな。当初は20年間の留学だったが、空海さまの御師匠の僧が、汝は一日も早く本国に帰ってこの教えを広めよ、と遺言されたので、早々に帰朝したのだ。その師僧のお名前は、恵果和尚(けいか)という方でな、なんでも空海さまとは前世からの師弟関係だったというから不思議だ。だから邂逅した瞬間に分かったということだ。全てを伝授し、葬儀まで空海さまが一番手として執行されたというんだ。本当に普通ではないことが起きたのだ」
「だがな、いまは上手くゆかんのだよ。九州に足止めをくっているのだ・・・」

「どうしてですか?国としても早急に高度の仏教を取り入れたいでしょうに・・・」
良円は自分の興味のある角度から質問する。

「うむ、そうなんだがな・・・」
一瞬、意味ありげに淳徳の顔を見て、躊躇無く言った。
「足止めをくらっている、大本の原因は最澄殿にあるのだ。・・・・・」

「ええっ!」
三人は揃って声をあげた。


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。 

解説 八宗綱要(23)【南都二分 法華と華厳】

法華経と華厳経

「ここは淳徳殿の顔を立てて、素直に御師僧さまの私信をお受けしよう。しかし、いずれにしてもこれは時代の要請だと思いますぞ。その意味で拙僧や貴殿、案内役(あない)の二人はこの運命にあがらうことはできないのでしょうな。はははは・・・」
良範はすで時代がどの方向へ進み、どう変化するのかを知っているような口ぶりであった。

「良範殿は、何ゆえにそこまで知りながら動揺しないのですか?わたくしなどはずっと懊悩しております。師の道が整うのかと・・・」

「淳徳殿、如何にもあなたらしい。非常に真面目に考えておられる。確かに自分の師匠を世に出すは弟子の役目、それは拙僧とてそう思いますぞ。しかしながら、時代の大きな波に一人の人間の力なぞ、芥子粒の如きものだと思いませぬか?最澄法師ほどの方ならば、仏天のご加護が必ずありましょう」

「おお、良範殿ありがたいお言葉です。わたくしはそのお言葉をお聞きできただけで、この旅の大果報だと思っております」

「ああ、またまた貴殿は真面目なのだから・・・」
二人の僧の目には知己を得た者の随喜の涙が浮かんでいた。共に師を世に出す、報恩謝徳の念に共感したのであった。

傍らでやり取りを見ていた二人は時代の大きな変化を感じていた。そして年長の良円が南都問題の核心部分について質問した。

「良範さん、今聞くべきでないかもしれませんが、その南都の問題。それは、『法華経』を中心に考えるか、『華厳経』を主にして考えるかの違いであり必ず意見は半分に分かれると、あなたは言いましたよね。どういう事なのですか?」

「良円、おぬしもこのことは知悉しておろうが、法華経は『空』を土台にして、空理を『妙法』と言う。『開三顕一』といい、声聞・縁覚・菩薩の三乗を一つに帰入して、一仏乗を説く。これが法華経の功徳だというのである。唐土の天台智者大師は、『五時八教』という教相判釈を立てて、法華経至上主義の立場を取る。我が国では、聖徳太子が以来の法華信仰が堅固なのは、法華経には功徳を説く部分が多いからという点と、天台大師の判釈が影響しているからだ。もちろん判釈(はんじゃく)とは、経典の価値判断のことだ」
「『五時教判(ごじきょうはん)』とは、釈迦がいくつもの経典を説いたのは、衆生の段階に合せて、より高度の教えに転じていったとする考えだ。はじめに高度な華厳を説いたが誰も分からん。そこで、低い教えの阿含を説き、第三時に少し内容を高度にして維摩経などの方等経を説いて、第四時が大乗の基礎の般若経、最後の第五時に法華経を八年間説いて、死ぬ直前に涅槃経を説いたと考えるのである。こうして全ての経典を釈迦一代の教法とした。まこと智者大師は偉大だが、法華を円教として最高のものとしたが、華厳を別教としたことで、内容の高さを認めたわけである。以来、我が国では、法華経を重んずる立場と、華厳を重視する立場の二つがあるのだ」
「唯識論をやっても、土台というか、信仰が法華なのか、華厳なのかということが派閥を形成するわけだな」

「なるほど、でそのことが、どうして今回の遷都問題や『秘密宗』問題と重なるのですか?」
良泰も事情が飲み込めてきて質問する。

「それはだな、次世代の仏教がどういうものかというのは、少しづつだが唐人から伝わってきていたんだ。唯識論を実践的に実現する経典の出現は、心ある大徳には分かっていたのだ。また帝や、やんごとなき公達(きんだち)が、南都の勢力を疎んじておるのも感じ取っていたのだ。もっとも、政治的に関わりの濃い老僧方は、あいかわらずだったんだがな・・・」
「遷都の計画も、このような背景があるというんだ。南都の勢力を抑え、且つ高度の仏教文化を築きたい。これがお公家様たちの希求だった。そこに出てきたのが、怨霊をおさめることのできる祈祷仏教の出現だ。教学的にも時代の要請としても、それが出て来なければならない。そこで、比叡の山に籠山修行に打ち込んでいる、淳徳殿の御師僧・最澄法師に白羽の矢が当たったのだ。わしは東大寺で一緒だった。その時からの知り合いだ。淳徳殿が来られる前に、うちの老師に書簡が届き、わしは九州から連れ戻されたわけだ」

「ええ、九州!どういうことですか?」

「まあ、それを話す前に法華経と華厳経について、説明だけはしておこう」
「般若経の空説を基にして、諸仏・仏塔礼拝を引きつぎ、その発展のうえに新たなる仏陀観を打ち出したのが『法華経』である。般若の空、中道思想を『妙法』名づけ、その上に『開権顕実(かいごんけんじつ)』の教理を説こうとする。この教理は、衆生のがわと仏のがわとで眺めらる。まず、衆生のがわから眺めると、『開三顕一』になる。このことは先ほど述べたな。『一乗真実三乗方便』という。久遠実成の仏というのが、法華経の至上の仏陀である。特にこの経典は、竜女成仏や十如是など他の経典には見られない分かりやすさがある。まるで芝居を見ているようだ。授記が未来成仏なのに現世利益を説くことに特徴がある」
「華厳は、事事無礙の法界縁起を特徴とする。十地を説くことや毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ・ヴァイロチャーナ)の存在が説かれているとことも特徴だ。非常に哲学的だが、本来はさらに大部の経典だったとも伝えられている。東大寺は華厳宗であり、大仏はまさしく毘盧遮那仏だ」
「つまりな、久遠実成の仏、毘盧遮那仏、どちらが最高の本尊かということだ。秘密宗の本尊は、摩訶毘盧遮那仏(まかびるしゃなぶつ)という仏なのだ。この本尊をどう取り入れるかが、次の時代の仏教の鍵と言えるものなのだ」

「要するに、こういうことですね。『秘密宗の教えと法華経・唯識』と『秘密宗の教えと華厳経・唯識』の対立ということになるのですね」と良泰。

「まあ、分かりやすくいえばそういうことだ。そこに貴族の国家運営の思惑が絡んでいるということだ。怖い話だが怨霊の祟り排除も実際の話としてあるのは事実だ」
「・・・おぬしたち、淳徳殿も疲れておいでだ、客寮の間にお連れせい。淳徳殿、今日のところはお休みください」

「お気遣いかたじけなく・・・。良範殿、今日は安心しました。よく眠れそうです・・・」

外は相変わらず静寂であり、世の中が大きく変わりつつあるのとは対照的であった。


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。




気合の威力を同時に入滝して教える(水量を変化させる瞬間) 

解説 八宗綱要(22)【今も昔も遷都問題諤々】

いわんや遷都問題

「良泰殿・・・」そう言って、淳徳は絶句した。

「おぬしら元気であったか・・・。そして淳徳殿、ほんにお久しぶりだのう!」
「して、淳徳殿が如何なる理由で此処におられるのかな?」
良範は少し意地悪く言った。

まじめな淳徳は
「・・・いや、わたくしは良範殿にお会いするため比叡の山から来たのです。師僧の最澄さまが良範殿に必ず再会するようにと厳命されたのです」と主旨を述べた。

「いまや、奈良から長岡京さらには京に都を移すやに聞いておる。このことに淳徳殿の師僧は関係がないのかな?」
「いやいや、それどころか、新たなる一宗を立つるかに聞いておる。唐土の法華一乗の教え、天台智者大師の五時八教の教判をもって、比叡山に『止観遮那院』を建立し、すでに『年分度者2名』を獲得したやに噂されている」
「その飛ぶ鳥落とす勢いの日本天台の鼻祖・最澄法師の愛弟子・淳徳殿が、文字通り乞食坊主の良範に何のようでござるか?」
「唐土にて、あらゆる仏法を吸収し、秘密の教えをもって、名だたる大徳の方々に『潅頂』を与えたという。国より一宗として、南都に準ずる地位を獲得していながら、『戒壇』を私設するという。国家の資格を一宗が権力を背景に決めてしまう。これは謗法ではないのかな?」

二の句の出ない淳徳は、しぼり出すようにこう言った。
「良範殿、そのことはどなたからお聞きになった・・・」

「うむ、それではお答えしよう。貴殿の師僧・最澄さまから私信を頂いたのだ。それによって知ることになったが、すでにわしが語る前に、奈良の古参の僧侶の間では周知の事実になっている。これは後々、南都の仏教と遺恨を深くし、敵が増加することを意味しておりますぞ」

「・・・口を挟んで申し訳ございません。お聞きする身分ではありませんが、いまのお話は本当ですか?淳徳さま」
良泰は思わず聞いてしまった。

「本当です。わたくしはそのことで懊悩しております。立ちはだかる壁が見える心持です。しかし、師の僧が申すには、必ずこれからの時代は、唐において完成された『秘密宗』の儀式が真中にくる仏教になるとのことでした。そのことを朝廷に奏上し、日本に花開かせる為には、良範殿が必要なのだと申されるのです」
「良範殿に会って、或るお方が持ち帰った法宝の数々を詳しく聞けと申されるのです。そしてこちらには、援護し援助する用意があると」
まるでどこかのヘッポコ政治家のような発言である。

「この書簡は良範殿あてです。師の僧からお預かりしたものです」

「淳徳殿、これは所詮、『法華経』を中心に考えるか、『華厳経』を主にして考えるかの違いであり、必ず意見は半分に分かれる。だが、都が次々と移動してしまう可能性がある以上、南都の立場が脅かされているのだし、支持する側も半分に分れてしまうのは必然だろう。そこで、その私信だな」
良範はすでにそこに何が認められているのかを予測していたのである。


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。 

解説 八宗綱要(21)【奈良勝安寺にて】

弟子たちの饗宴

最澄の弟子・淳徳は順調に奈良の都に到着した。遷都の問題が取りざたされている時節、絢爛たる都も一睡の夢の如く廃れてしまう。諸行無常とはいうが、もののあはれというものを感じる。淳徳は師からの特命を果たすべく一路、勝安寺を目指す。歩を進めつつ、世の移り変わりについて思いを巡らせていた。

「もう一息だな・・・」
淳徳はほとんど休息らしい休息などせずに奈良まで来た。勝安寺は平城京の東側、春日山を望むところにある。もとはいわゆる藤原京の畝傍山(うねびやま)と香久山(かぐやま)の間に位置していた。平城京への遷都に伴い現在処に移転したのであった。

「お願い申し上げる。拙僧は、琵琶湖畔の比叡の山より来る、天台法華一乗の相承者・最澄法師が弟子、淳徳でおざる・・・」
しっかりとした明瞭な声でそう述べた。

「なに!さっ、最澄様のお弟子ですと!」
小さい寺はちょっとした騒ぎになった。それはそうなのである。このことの背後には、最澄と南都六宗の確執が横たわっており、奈良に於いてそのことは評判になっていたのである。

最澄は国費留学生であり、当時最新の密教まで持って帰ってきた。もちろん空海の正伝嫡々の密教ではないが、日本人として、どの段階の『灌頂』であれ、受潅頂したのは最澄が嚆矢であった。禅宗、天台教、密教、梵網経大乗菩薩戒と、いままで誰もなし得なかった遊学と知識を最澄は合わせ持っていたのである。殊は、最澄は一本気であり、帝と貴族の権力者に寵愛されていたのである。はじめは南都の長老ともうまくやってはいた。が、いまは半分が敵に、半分が味方になってしまっていた。それは最澄の妥協の無い性格から来ていると思われるし、教学的にもこれは必然であった。

法相の或る老師との論戦は壮絶をきわめた。帝や貴族も南都六宗の高僧たちの権力には手をやいていた。だから新しい風、新しい指針、あたらしい人材が必要であったのである。その絶好の機会を活かしていたのが最澄だったと言える。

「・・・淳徳さま、どうぞこちらへ。良義老師がこちらで面会されるとのことです・・」
案内役は良泰で、副教頭から指名されたのである。良円も一緒に担当になり、彼は湯茶と乾菓子などを用意していた。
「・・・湯茶でございます」そう言って、丁寧に茶をすすめた。

「おうおう、淳徳殿。随分と貫禄がつきましたな。貴殿が『年分度者』になられる旨、聞いておりますぞ。はははは・・」
老師は突然に言い放った。

さすがに淳徳も驚いた。
「何ゆえに、そのようなことを申されるのですか?正式な認可を得ていることではありませぬのに。わたしは、今日は御師僧さまの特命をうけて、貴院に参上致したのでございます・・・」

「まあまあ、よいのじゃよいのじゃ。・・・ところで用事の向きは何かのう?その特命とやらは・・・」

「はっ、恐れ入ります。実は良義さま、良範殿にお会いできないかと思い参上致ししました」

「ほほう、それが貴殿の御師僧の最澄殿の特命であるのか。じゃが、残念ながらヤツはここにはおらん。いまはどこでどうしておるのか?検討もつかん・・・」
と言ってほほ笑んだ。これは老師が冗談を言うときのクセである。

「淳徳殿、良範のことはこの二人に聞くがよい、何か知っているかもしれん」
「しかしのう、最澄殿も『大乗戒壇設立』の発案とはどうしたことかのう?」

この話が出たのは、もっと驚いた。淳徳の胸の中には茫漠たる不安が広がっていた。何ゆえに奈良の端に位置する小寺の老住職が、我が師僧の極々秘の事柄を知っているのか?どう考えても分らなかった。

「・・・わたしは良円です。彼は弟弟子(おとうとでし)の良泰です。淳徳さまのお世話を老師より仰せつかりました。ではご案内申し上げます・・・」

二人は客間に淳徳を案内(あない)すれば自分たちの仕事は終わりと思っていた。ほどなく客寮へゆくと広間に見覚えのある人影があった。次の瞬間、良円も良泰も驚きのあまり声が出なかった。そして淳徳も呆然とその場に立ち尽くしていた・・・。

「よう、おぬしたち久しぶりだな!」
笑顔の良範が威風堂々佇んでいた。


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです

解説 八宗綱要(20)【第ニ幕開始!比叡の山から鬼が来る】

第二幕 壮絶!比叡山延暦寺の最澄法師の決断

今は大同年間に入ったばかりである。比叡山に天台宗が開かれる。後の世においては、この比叡山延暦寺から日本仏教の祖師がぞくぞくと生まれた。しかし、奈良の時代にはそんなことなど想像もつかない。奈良の都は永遠の仏都と大半の僧たちは信じていたのである。

比叡の山は後の京の都の東北に位置する。いわゆる鬼門である。鬼門は運気破れる処である。鬼門からは鬼が来るのだ。比叡の僧は、逆に鬼門で鬼に変化し、魔を祓うというのであろうか?後代に元三大師良源の『角大師(つのだいし)』変化(へんげ)の伝説はあまりにも有名だ。良源和尚は、いわゆる鬼の形相に変身することができたと言われている。

比叡山は、僧・最澄が延暦4年に東大寺で具足戒を受けてから開創した山林道場である。このとき最澄は19歳である。延暦2年に度縁を得ている。つまり正式な僧侶になったわけだ。38歳で入唐求法の留学生として唐土に赴き修学を果たす。41歳にて、天台宗を開く。年分度者2名を承認され、南都六宗に準ずる地位を確立する。

時は、密教が日本において燦然と輝く直前である。三国伝燈(さんごくでんどう)の神秘の教えが遂に日本で花開く時が来たのであった。

「・・・淳徳(じゅんとく)よ、法華一乗の道を完成するには、そなたの力がどうしても必要だ。この比叡の山には未だない、完成された真の法華胎蔵の法をどうにかして伝えてくれはしまいか?」

仏教の鬼、最澄はこう切り出した。この最澄の決断が、日本の仏教を是くも隆盛に導いたのである。中国天台宗を日本に移植しようという最澄は、やはりさすがであった。自分が長安で掴んだものが完全ではないことをすぐに悟ったのである。この早い時期の気づきがなければ、後の天台の発展はなかったであろう。

「そういわれましても、どのような策を講じろと言うのですか?」
淳徳は戸惑いながらそう答えた。

「そなたの知り合いに良範という者がいたであろう。その者は、唐土・長安の密宗の大家、恵果和尚から『秘密宗』の正統を受けたという、或る人物の側近、懐刀ともいえる人物だ。良範を通じて、入唐求法の旅から帰朝した、その人物の持つ法を何としても我が比叡の山に移植するのだ。よいか」

「はい、御師僧さま。仰せのままに・・・」
「・・・しかし御師僧さま、わたくしは良範を通じて、彼の唐土求法を了えた御仁の説得をするということなのでしょうか?その御仁のお名は・・・」

「僧・空海という方である」

「・・良範はいわば不良の徒という噂もあり、いまどこに居るのか検討もつきません。どこから探せばよいのか?・・・」

「うむ、そなたは奈良に赴くのだ。そして法相の大家である、十傑の勤操さま、良義さまを訪ねるがよい」

「はっ、かしこまりました。仰せのままに」

淳徳はその日のうちに下山し、坂本あたりから一気に琵琶湖の湖畔である浜大津に出、そこから小さな渓谷の細い道を抜けて、火打谷という火打石が採れる所を抜けた。程なく奈良に抜けてゆく本道にあたり、とぼとぼと街道を進んだ。
「・・・この調子で行けば、明後日の夕刻には奈良に着くだろう」
淳徳は、師僧から頂戴した手拭で大汗をぬぐいながら、独り言のようにそうつぶやいた。淳徳は師の最澄に似た、実直で飾らない真面目な僧であった。

ちなみに、先述の奈良への街道は実際にあり、その道はシルクロードの最後の道といわれるものだ。シルクロードを経て日本に異国の文化が伝承された。その道が、京都の山科あたりから、奈良までいまでも現存するのである。シルクロードの終点、それは奈良だったのである。淳徳はひたすら奈良を目指す・・・。


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。


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