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  • 2012.12.01 Saturday
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改訂版;密教の奥義【愛染明王秘法を受法す】


  (愛染明王の種字マンダラ)

愛染明王を梵名でラーガラージャという。縁結びの秘佛でもある。

ラーガは性的な意味をも持つ愛欲、ラージャは王を意味する。愛欲に染まった王ということで、愛染明王と言われる。

愛欲は誰にでもある強い煩悩だが、愛染明王はこれを無理に断ち切るのでなく、愛欲を悟りに変えるという功徳を持つ。

本来の「原初の境地」には、煩悩も悟りもなく、根源の一ですから、強い愛欲も悟りに変換できることは、何の不思議もないというわけです。

密教の教えでは、これを「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」という。

密教経典である「般若理趣経」でいう「大楽(たいらく)」の悟りは、性的な快楽の感覚ですら、悟りの境地に成り得るということを説いているものである。

ラーガラージャは、そのことを象徴化していると同時に、その悟りや会得する方法を、その持ち物で表現しているのである。

以前にも、述べたが、「歓喜天」と「愛染明王」は、日本における神々を禮拝し、ご供養する法の本尊でもあるのだ。その尊形は以下の通りだ。

憤怒相で、一面三目六臂。獅子頭の付いた冠を冠り、その獅子頭から長い紐が左右に垂れ下がっている。身体は真っ赤で、大きな壷の上の蓮華座に座っています。金剛杵、金剛鈴、法弓、法矢などを持す。真っ赤のお体は、欲望の燃え上がる姿をあらわしているのだろう。金剛界をこの仏に摂して法を修する。

昨年から、法の伝授を受け、更にわたしは同志と共に修行をしてきた。此度の愛染明王法(深秘)の受法をもって、一段落したと思っている。

現在わたくしは、神界仏仙界共に霊力を与え給う大神真に特別のご縁を頂く法を中心に修行している。また、最高神界に通僥する秘伝、「天〇〇〇〇〇」というものを繰り返し修法している(これら法は先達には優先的に伝授する予定)。この法で得た神気を密教の法に連結する事がもしできたら、正神界に感通せる最高度の密教的秘法だと言えよう。

(追)フロイトの学説を肯定するわけではないが、人間の心理や行動において、性的なエネルギーはかなりの部分で関与していると思う。問題を起こす根源は、歪んだ性的な表現のように見えることがしばしばある。まるで操り人形のようだ。逆に物事を成し遂げる時にも性的なエネルギーは大切な役目を果たしている。愛染明王の修行法は、性的エネルギーの浄化や昇華の功徳を有する。この明王は、日本の密教における秘仏中の秘仏である。

使魂法奥義【吾が霊魂は大山祇神の神府にあり】



吾が霊魂(たましひ)は、高知の深山にあり。
そこは、大山祇神の司掌されているところの、神府(かみのみかど)である。
人間の霊魂(たましひ)は、山々に感けてこそ、磨かれる。しかし、山々には魔障もある。

わたくしが尊き「産土神冥徳」に到達し得たのも、山岳の神に近づく事ができたのも、すべて「産霊紋理(宿仙縁)」である。

神山と道場をつなぐ巡礼【天架ける橋の神ごと也】

天孫降臨神籬斎場
天孫降臨神籬斎場

昨日、我が会の滝行気合のお世話役のひとり、T先生より御連絡があった。

この方は、神界において重要な位置を占めている、霧島山方面のご出身である。この霧島仙界には、人間の得道に、一方ならぬ関心をもたれている尊神がおられる。

本当の神法・神術をやられる方ならば、必ずその尊神とコンタクトを取るようになる。このことが、我が国の神法と、チベットの密教・ゾクチェンなどの教えや諸外国の法などとの、隔絶した違いをもたらしているこの一事が可能なだけで、得仙の道が大いに開けるものなのである。

得仙とは、成仏すること、神上がりすること、成仙することである。

今回の神山登拝の行者には、この尊神との交霊法の起点となるべきものを伝授する。

先のT先生、天孫降臨神籬斎場に行かれた。上記はその霊地の写真である。
皆さん、背景に注目していただきたいものである。

近日中に、わたくしと同志一行5名は、高知の神山に一世一代の神事を為すために、山籠りするのである。詳しい模様は、真に志のある、教学を理解された同志にのみ、お伝えしたいと思う。このことは、本当に歴史的なことなのです。


旧暦の七夕祭【西王金母 降臨影向の秘法を修す】

太真西王母像 旧暦七夕の飾り 
開眼した西王金母と七夕祭(旧暦)の飾り

予告通り、旧暦の七夕祭を行いました。併せて、西王金母像の開眼修法も行いました。

開眼の法というのは、密教では降臨影向(ごうりんようごう)の修法、神道にては降臨現形(こうりんげぎょう)の修法ということになろうかと思う。

今回の修法にて感得したるは、気功導引などの仙術につらなる呼吸法を西王金母の御意思により、与えるというものであった。だが、これはすでに、ほぼ手中にしているものである。密教と仙術・神道を結びつける法だと言ってよいと思う。この法の出所は、太真西王母なのだと、わたしは思っている。

この日の修法にあたり、御神酒の奉献、たくさんの果物やお菓子のお供え、赤飯供など等、皆さん御供物を御持参、あるいは送って頂いた。この場を借りまして心から感謝御礼を申し上げます。

修法後の講話では、まさに祈祷の真髄である「感応道交(かんのうどうきょう)」についてお話した。また、古神道の秘密の説である、或る法のお話もした。このことは、聞けるだけでも「道福(どうふく)」だと言ってよいであろう。知らなければ求めようもないのであるから。

この続きは、秋の秘伝合宿にてお話することになる。以前、予告したように野口晴哉先生の『回春秘道』の講義の中で、祈祷の真髄にふれる事になる。

老婆心だが、一つ言っておく。「出られるようになったら出ます」などという人が居るが、そんなことは我が会では通用しません。一度教えたことを繰り返しやるかどうかも分からないのですから。会として団体として、それでわたしは生活しているわけではありません。会のほうは、あくまで個人的にやっているだけなので。わたしが教えたい時に教え、行きたいところに行くだけなのです。会員制でもなければ、そこから発生する権利もない。あるのは「真心」のみです。「信=真=心」のみです。

例によってみなさん、祈願を行った。当日使用した笹竹は、相模原から採取してきたものであった。また、祈願符を作成したので、是に各人の願を書いてもらい、わたくしが後で修法するということにした。

六人部是香の『産須那社古傳抄廣義(全)』のコピー製本を予約していた皆さんにお分けした。元版を得ること、製本することの労力を考えたら安いものである。実際、利益などほとんどないのですから。予約されている以外の方で、欲しい方はご連絡を。数に限りがあります。著者の六人部是香は、産土の教えを確立した方の一人でもある。

(追)この翌日に、霊夢を見ました。西王母に関係する静かな山の中の池を見て、その形の妙なる事。また池の辺に立ちて、池の中にとても古い聖なる石を見ました。そこには、神の文字と、密教に於ける羯磨金剛(十字金剛杵)の紋様などが描かれていて、苔むした中に見えました。池の形状は特別で、一部が西王母の象徴と思われる形状をしていました。

立禅(馬歩站椿)の法【我が師劉勇と張延生】

劉勇先生

張延生

中国にはわが国にない優れた気功法がある。十六尊羅漢功法などである。

優れた功法は意念を用いない。心の働きを使うものは偏りが生じやすいうえに、エネルギーの発生に於いても大した効果がない。要するに思い込みの次元で終わりだということである。

意念を用いない功法(気功法)の基礎は何かというと、それは「站椿(たんとう)」である。「馬歩」という場合もあれば「馬歩站椿(まほたんとう)」ということもある。あるいは「立禅(りつぜん)」という言い方もある。踵が大地に突き刺さるような独特の立ち方をするのである。

これは想像もできないほどのエネルギー発生法である。どんな霊術も気の発生ということだけならば、適わないものだと断言できる。

この「站椿功法」の基礎をわたしは師;劉勇から教わった。しかし、その前に「現代の祈祷師」の異名を持つ張延生師から教授を受けた。(実際には祈祷師のようではなく、幹部服を着た、大きな男である。)

張延生師について少し述べよう。

「ちょうえんせい」という。この人物と会うことはそう簡単にできない。とにかく謎だらけの人物なのである。ただ弟子の招さんから聞いた話しでは、奇門遁甲の秘術を使える数少ない一人だという。この術は諸葛孔明が使った秘術で、姿を消すことの出来る秘術だという。本当なら、まさしく仙人だ。

張延生師は、次のようなことをよく言うのである。

「あなたたちが誰か一人の名前を言う、またはその人がわたしに電話をする、もしくはわたしに一字を書いてくれさえするなら、わたしはその人の身体の状態を言い当てることができます」。

事実、すべて的中させる。易の卦でもって答えることが多い。人事百般自在である。

人の未来や過去を透視する力があり、彼には決してウソは通用しないのである。

この人物が来日したときに「站椿」を2種ほど教わった。これは本当に幸運であり、僥倖であった。

わたしは18歳の時から仙術の伝授を受け修行をしている。その意味でわたしは、単なる密教者でもなければ、篤信の神道家でもない。本質は仙術の系譜に連なる者だということである。だから、わたしの弟子も将来にわたり、そのような系譜に連なることになるのである。 

第3回七夕祭【今日から神迎えのこと】

昨日をもって今年も半年が終わった。月日が経過し、季節が巡ってゆくのが、本当に早い。

半年の最後で、わたしはすばらしい贈り物を受け取った。物質的な?ものではないが・・・。

さて、今日から7月だ。庚申日、7日の七夕祭とつづく。今回の庚申日のお天気は(前回同様)どうもあやしい。

今回の七夕祭で第3回を迎える。今年のテーマは「さらに潜在意識を使おう」である。

祭りの中で、『西王金母像』の開眼法要。易占(今年後半)。願掛けをおこなう。

易も祈願も同じことであるが、潜在意識を駆使するところに秘訣がある。その秘訣をつかむために、一つの工夫が必要だ。

21日間祈るのである。7日でもよいが、この場合には1日に3回祈願する。たった1回の七夕の祈りですら強力なのに、日に3度祈り、それを7日間続けるのである。どれだけの効果を出すか考えてみていただきたい。

密教の修法では、最低21日間修行することになっている。どんな密教修行者でも、たった1回の修法で法をやるという人がいたら、それは眉唾である。最略でも7日間三座(合計二十一座)なのである。こんな初歩的なことですら知らない行者もいる。

チベットの法匠から密教を学んだ時に、これと同じことを言われ、「マントラが機能しない。マントラの力が出てこない。」という表現をされていた。さすがだなと思ったものである。

よく祈願の内容なども今日から「考えて」いただきたい。そして3度やってもらいたい。考えるというのは「神迎え」という言葉が変化してできたものであると、或る著名な霊学者が説いている。良い考えは、よい神の感応による、ということであろう。何と幽玄な教えだろう。

七夕祭にご参加の皆さんも「神迎え」して良い願望を得て祈願していただきたい。 

秘伝貴重【鬼髑髏のお守り】

鬼髑髏(桃の実)
(貴重な『鬼髑髏(御神桃)』を用いて謹製した秘伝お守り)

今日は貴重な秘伝的なお守りである『鬼髑髏のお守り』をご紹介しよう。

このお守りの作成は、そう難しくはない。霊木である桃木を用いる『桃板寶符・斬三尸守』と同じで、お守りを作る材料がなかなか手に入らない。

鬼髑髏とは、桃の実のことである。東南に伸びた枝についている『桃の実』を使う。ただしこれには条件がある。旧暦の11月頃まで(太陽暦12月ぐらいまで)枝についたままの『桃の実』でなければならい。

秋から冬になり、冬至頃まで枝についたままの『桃の実』には、いわゆる「邪氣を祓う力」が宿っているとされている。

『桃符』という霊験あらたかな秘法があるが、その中で、この『鬼髑髏』についても言及されている。家内の安全お守りとしては、家内に掛けて置くという方法もあり、霊符法もある。

土地の地鎮においても、この『鬼髑髏』を用いて修する法がある。土地に埋めることで、その土地の邪気を祓うのである。西王金母御出伝の「亀山符」によって土地を地鎮する法もあるが、元々『桃の霊木』は西王金母が司掌されているものであり、ある神界では、菜園があるとされている。

『鬼髑髏』は、神の氣が宿っており、個人のお守りとしては最高峰のものである。

これを如法に修法して、「包みの法」でお守りと為す。

神縁あって頂くことができた行者は、神界からの邪気払いの恩頼(みたまのふゆ)を充分に受けるがよい。あらゆる邪気から護られる。

桃の実には、意富加牟豆美命(おほかむずみのみこと)』という御神名がある。意味は、桃の実の神霊・神々しい果実ということである。イザナギノ大神によって命名され、その機能を与えられた。

庚申の日【桃板寶符・斬三尸守が完成す】

桃板寶符・斬三尸守の完成品
(完成した『桃板寶符・斬三尸守』)

5月5日こどもの日は、60日に一度の庚申日である。この日は、翌朝まで眠らないで、体内の三尸(さんし)を外に出ないようにする。これを俗に、「庚申待ち」という。

江戸時代には、随分と行なわれた。最近でこそ行なわれないが、村の寄り合いというか、相談などをこの日にやったという。まあ、お酒を合法的に飲む口実だったのかもしれないが・・・。

わたしの場合は、霊学的な意味から、成道する上で必要な修法と考えている。であるから、わたしの生徒たちにも、「斬三尸」ということを教える。

会の相当数の方々には、「桃木」「和紙」をお渡ししてある。また、別に篤信の方のご好意で、専用の「護符袋」「五色の糸」を頂いている方もいると思う。このお守り作成には、桃木の板が絶対に必要なのである。

前回は3月6日であり、残念ながら朝に太陽が出なかった。日の出がベストだが、少なくとも午前8時頃までには太陽が出なくてはならない。5月6日は全国的に曇りだったが、うまいこと日が差し込んだ。

秘詞を唱えて、修法することができた。修法中、桃板寶符が熱を帯びて、熱くなった。その感じからして、桃板寶符が完成したと感じた。これは、修道士・行者にとって、一生ものの「法物(ほうもつ)」である。

桃木をご寄進いただいた、赤塚先生も「桃板寶符」を如法に謹製できたとお聞きした。その他にも、上手く謹製できた方がおられるかもしない。

どんな法も知っているだけでは意味がない。如実に実践する、精進力がないといけない。その練磨によってのみ、道力(どうりき)が生じ、道骨(どうこつ)足りえるのである。要は、生きているときに、法を成就できるように、実践せよ、ということだ。本当に、粉骨砕身の気迫と学識・法力をもって教えてくれる導師は稀有である。よくよく、眼を開いて、素直になってもらいたい。

真言秘密の奥義【秘伝・ふつ〇〇〇の御霊法】時代の要請に応える

妄念を取り除く秘符

真言秘密の奥義【ふつ〇〇〇の御霊法】。

この法の施行法など一切を知り、是れを如実に実践する修行者は、わたし以外には現在1人も居らない。まさに一子相伝の秘法なのである。

この法は、一切の邪霊・悪霊を封じて、行者自身の身体に進入してくるのを、避ける秘法である。
同時に自分の霊力が増進してゆくという尊い法なのである。真言秘密の法において、これ以上の秘法はないのである。

この秘法を知らずんば、どこかで邪霊に感けられてしまう可能性がある。

特に「霊法」「霊術」を使う場合は、是くの如しなのである。

「輸氣法」「霊光療法」「霊熱透射法」「霊掌療法」など等、そのすべてに言えることなのである。相手に加持祈祷したり、療術を施す、占断をするなどの場合、霊的な障りを受ける場合がある。いや、相手が憑霊者であれば、霊障・霊祟を受けることは、覚悟しなければならない。

培った「霊力」や「法力」が邪霊に奪われてゆく。これは実際にあるのである。幾多の霊能者が、これによって倒れていったのである。

いま、わたしのもとでは「霊術家・霊能者」が育ちつつある。「鎮魂冥福法要」でも、黒衣の法衣を着くして、わたしの指導のもと、読経・祝詞をあげている。まだまだではあるが、確実に法術・儀式を身に付けてきているのである。

この法を体得するためには、理屈抜きに「専門家」にならなければいけない。すくなくともそれだけの知識を有さねばならない。詳しく言えば、密教の加行(けぎょう)を修行せねば、法を体得することはできないのである。わたしの場合、約260日修行した。或る先達などは、300日を3回行なった。法とは、そういうものなのである。法に近道は無いのである。

しかし乍ら、時代の要請などを鑑み、伝授の禁をゆるめて、滝行御世話役以上の実績と「一尊法(不動法)」体得者である修行者、わたしが特に認めた修行者には、完全な伝授をするものとする。

斯道においては、「霊光線」「人体ラジウム」が奪われるという、表現をする。護身の法の中でも、奥伝中の奥伝、それが【ふつ〇〇〇の御霊法】なのである。



 

大災厄除けの霊図【天官地官速感六元秘符を授与す】

大災厄から身を護るところの「天官地官速感六元霊秘図符(仮称)」を授与することにした。

此の霊符は、大災厄から身を護るのに効果絶大のものであり、なぜか昨年から気になっていた秘伝霊符である。

著名な神人のお弟子の嗣子が、太平洋戦争出征の際、この秘図を出征する人間に相当数、渡したそうだ。そのすべての人間が、危機的な状況を脱し、奇跡的に助かったとの事である。ただし、2名のみは戦死したそうだ。あとから、調べると、そんなものは迷信だといって、持参しないで、遺棄して戦場に行ったとのことであった。

大災厄の時代に先駆けて、伝授されたという経緯のあるものであり、謹製してお渡しする時期が来たものと思う。

産土の教えを範とし、わたしに師事する方には、 これを授与します。
他団体出入り、他の整体の教えなどを奉じたり、他の先生につかれている方には、お授けしません。これはわたしが負う義務もありませんので、諒としてください。霊的に混乱し、完全に護ることはできないからです。法が効きません。


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