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- 2012.12.01 Saturday
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武勇伝【摂受と折伏について】
あなたは仏教の教導の方法に、摂受と折伏があるのをご存知か?
この導き方を明確にしているのは日本の仏教である。
しかしながら、仏教の開祖である釈尊の言行にも散見している。人間には多種多様なあり方があるのでしょうが、教導することを追求すると、2つの方法があるということである。
摂受と折伏の典拠は、「大日経」や「勝鬘経(しょうまんきょう)」にある。「勝鬘経」は聖徳太子が国家鎮護の三経の一つとして示したものである。
「勝鬘経」では「我得力時。於彼処見此衆生。応折伏者而折伏之。応摂受者而摂受之。何以故。以折伏摂受故令法久住」と説く。
折伏(しゃくぶく)とは相手の間違いを厳しく責めて「破折屈伏(はしゃくくっぷく)」させることである。「強情我慢」の角を折るのである。鼻っ柱を折るようなものだ。この教導は「智慧の門」であり、密教的には不動明王のお姿ということになろう。憤怒の智慧の炎を背負うたホトケのお姿だ。
摂受(しょうじゅ)は相手の間違いをいったん容認して、穏やかに説得しその間違いを正していくことをいう。悪人を折伏し善人を摂受するというのである。この方法は観音菩薩やターラ菩薩の慈悲の相で表すことができる。すなわち「慈悲の門」である。
この二門は仏道の大綱であるとされ、くり返すが「折伏を智慧門」、「摂受を慈悲門」に配すのである。
殊に立正大師;日蓮聖人は、折伏を主に教導の方法として推し進めた。日蓮在世の当時、日本国を謗法(ぼうほう)、)と定め、聖人は著書;開目抄(かいもくしょう)の中で「無智悪人の国土に充満の時は摂受を前(さき)とす、安楽行品(あんらくぎょうぼん)の如し。邪智謗法の者多き時は折伏を前とす、常不軽品(じょうふきょうぼん)の如し」と記し、教導方法を明確に定めた。
(※「謗法(ぼうほう)」とは、誹謗正法(ひぼうしょうぼう)の略語で正しい法を謗る(そしる)ことをいうのである。「法華経安楽行品(あんらくぎょうぼん)第14」「法華経常不軽菩薩品(じょうふきょうぼさつぼん)第20」が正確である。)
もう随分と経ってしまったが、20歳頃のことだ。大雪の降る日の出来事だった。
その前夜、親戚のTから電話があった。彼女は従兄弟であり、5歳年長だった。大変賢い人であり、電話など一度も無かった。
話を聞いてみると、明日『仏教セミナー』があるから来てくれないかというのだ。
わたしは心に頷くところがあり、「ははん、これはS学会による折伏だな」と直感した。そこで期するところあり、わたくしは品川区の指定の場所まで出かけた。広い邸宅に案内されて、そこの家主と思われるオヤジが偉そうに出てきた。そして次々に信者が集まってきた。15〜16人あるいはそれ以上いたかも知れない。完全に包囲された格好だ。
案の定、折伏だった。S学会は、時代遅れの独善的な解釈で、折伏をする団体である。
わたしもいずれはこういう時が来ると思っていたので、S学会の歴史やあり方、法華経信奉者特有の「五時教判」は研究していた。また「折伏経典」という独自のものがあるので、それも極秘に入手して研究していた。
彼らの論法は予測通りであった。それ故にわたしのほうは、難なく彼らの屁理屈・暴論をかわすことができた。その上、彼らは子供だと小馬鹿にしていた相手にケチョンケチョンに、蹴散らかされたわけで、件(くだん)のオヤジも、まさしくホウホウの体(てい)であった。
すると或る男性が『折伏経典(しゃくぶくきょうてん)』を持ち出してきたので、すかさずこう言った。「こちらは、20歳そこそこのガキ(子供)で、そのガキが丸腰なのに、そっちは折伏経典ですか、では問うが、折伏というものの典拠を述べてください。日蓮聖人は折伏について、どの著作で、どのように述べているんですか?それが今すぐ答えられるのなら、それ(折伏経典)を使ってもいいですよ」と。
そういうと、誰も何も言わなくなったので、まあわたしの話を聞いてくださいと言って、仏教の正確な歴史を述べた。そして自分の考える信仰のあり方や、わたし自身の法華経論をも述べた。
用をたすために少しばかり席を立つと、その連中はこういったそうである。「あの若者はすごい。そのへんの大学の先生よりも、ものを知っている。ほんとうに驚いた」と。
わたしが再び座に着くと、彼らは諦めた口調で、今度は本部から教学のできる人を呼ぶからまた来てくれと。わたしは笑ってこう言った。「みなさんご熱心ですね。でも大勢で一人をやっつけるのは趣味としては悪趣味ですよ。まずい食べ物を食べさせるお店にお金を払ってゆきますか?誰もゆきませんよね。まずくて不愉快だからです。だからわたしはここには来ません。おいしいと思う方だけくればいいんですよ」
そこにいた大人たちは全員、あいた口が塞がらないという体であった。
大雪の帰り道、従兄弟のTは言った。「お願いTKちゃん、入会して」と。わたしは彼女のために、こういった。「Tさん、信仰というものは頼まれて入るものじゃないよね。そのことは貴方もご存知でしょう。この大雪の中、わたしは親戚の貴方が仏教セミナーがあるというから来た。でも結局は折伏をやられにきた。このわたしの気持ちがわかりますか。貴方が自分の宗教がすばらしいと言うのなら、どうして近くにもあるから聞いてみて、というように言えないのですか?わたしを入会させると何か自分のポイントでも上がるんですか?宗教を説くというのはそういうことではないでしょう。二度と来ませんからね」。情に於いて忍びなく、彼女の秘められた懊悩が分かるだけに辛かった。
補足しますと、S学会の連中との問答の時に、わたしは「赤いジャンパー」を着ました。身体を大きく見せるために。正座になり、背筋を伸ばし、手を卓袱台のうえの広げて。目線、声の大きさも気をつけて。これが、でんでんででんでん♪武勇伝♪武勇伝♪なのかなぁーとは思いますが・・・。
(※『でんでんででんでん♪武勇伝♪武勇伝♪』は若手のお笑い芸人オリエンタルラジオのネタのひとつ『武勇伝』のときの、始めと終わりの歌です(笑))