スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 2012.12.01 Saturday
  • -
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

改定版;新しき段階へ!【聖俗のバランスをとる】

いま現在、わたしは巡礼を行っています。

いままでの人生では、聖俗のバランスを欠いて生きてきたように思います。

いつもどちらかに偏っていた。これは偽らざる事実だと思います。

しかし、これからは違います。

昨年から今年の6月頃までは、密教者の専門家として生きてゆくことを目標にしていました。人生のあらたなる段階をそう企図していたのです。

ですが、弟子・門人のあり方や現代人の状況を見て、わたしが専門家になり身を粉にする必要はないと感じました。

専門的にやるだけの気根も心構えもないことを痛切に感じ、現代ではそれも止むを得ないことだ、そう感じました。

だから、わたしが出家してまで身を投ずる必要はない、世のため人のためになる生き方が別にあると思いました。

もちろん修行は続けてゆくし、密教も神事(かみごと)も展開してゆきます。

自由に、自分の気持ちの赴くままに、気の合う人とやってゆく、そう考えております。

いま、わたしは東京から遥か離れた地にて巡礼し、神仏のご用を果たしています。

密かに神仏のご用をし、ひしひしと神仏のお力を感じています。そして自分の魂を磨いているのです。

数日後、東京へ帰ると今度は仕事に全力を上げます。

大切なことは聖俗のバランスであるとつくづく思います。

「禊ぎ」とは「身を削ぐ(ダイエット)」ことであり、「身の回りの環境を整理(捨てる)」ことでもあります。今回の巡礼は、そのことが正しいことを教えてくれました。

これらのことは、吾が遠祖である「熊野の神々」が教えてくださいました。

俗で成功することは、聖なる行為を順調にする。聖なる行いを務めることは、俗事にも影響を及ぼし、順調にする。

聖俗のバランスをとって、豊かな人生を送る為には、それに相応した生き方がある。神事に従事するには、それ相応の生き方、生活パターンがあるということです。

貧乏で不幸な人生には、そういうパターンがあるのです。

いま、わたしはこの年齢になって初めて自分の為に生きようと本気で思っています。

これからは他人や世のためということを、自分の人生の局面の言い訳にはしないようにしよう、そう思っています。

だから、わたしは心も豊かになるし、大金持ちにもなるし、本当の意味で神仏のご用を果たしてゆく人間になると宣言しているのである。来週には帰京します。


川島金山


スポンサーサイト

  • 2012.12.01 Saturday
  • -
  • 21:37
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク


calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< July 2019 >>

selected entries

categories

archives

recommend

recommend

recommend

recommend

recommend

links

profile

search this site.

sponsored links

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM