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  • 2012.12.01 Saturday
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おもしろき原理【鐘と撞木の相が鳴る】

昨晩、赤塚先生よりメールをいただいた。

その一部をご紹介する。
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川島先生
こんばんは、赤塚です。 ふと思い出しましてメールしました。講座の中で「いじわるする坊さんは金づちみたいな頭してる。」のくだりで、「そんな頭してるサメがいたよね?」とおっしゃって見えましたが、あのサメの名前はシュモクザメで気が荒いサメなんです。で、その名前がシュモクザメ
といい、シュモクは撞木。坊さんだけに撞木とかかっていて、面白いと一人で心の中で笑っていました。
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撞木とは、鐘を鳴らすバチであり、シュモクザメは獰猛であり、写真のようなものである。皆さん、見たことがあるでしょう!

 

まあ、実際にこういう坊主頭をした坊さんをみたことがあり、意地悪をするんですね。

整体法では、後頭部の変形や異常には、変態的な性があらわれているといいますが、たしかにそういう傾向はありますね。

撞木というと思い出すのが、「鐘が鳴るのか撞木が鳴るか 鐘と撞木の相(あい)が鳴る」という句です。

「鐘と撞木の相(あい)が鳴る」、「愛が成る」に引っ掛けている。

この句の持つ意味は深いですね。愛というのは出会うことなんですよ。そして愛(=相)がなければ、鐘の役目も果たせないし、撞木の役目も果たせないのです。

鐘あっての撞木であり、撞木あっての鐘である。だからこそ、結果として鳴るのだし、成るのです。

お互いを活かす出会いこそが、真実の愛なのです。

しかし、洒落た句です。相(あい)を持ってきている。これは、法華経などの真髄の教えです。縁起というのが仏法の真ん中の教えですが、その側面こそが「相」ということなのですから。
(※仏法では「相」を「そう」と読みますが、この句では「あい」と読んでいます。読み方の違いはありますが、同じ字を使っているわけです。)

詳しくは『法華経・方便品第二』などを読み理解してみてください。

しかし、赤塚先生の「坊さんだけに撞木とかかっていて面白い」は良かったですね。こんなふうにして落語なんかは発展したのでしょう。

人と人の出会いで、何かが成り生まれるのですよ。人と人の出会いで、いろいろなことを分からせていただく。

人と人の出会いで、自分の役目が分かるんです。つまり使命(ミコト)が判然とするのです。

ここに人生というか、人間の営みの妙味があるように思えてならない。

よく皆さんも考えてみてください!
 


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