スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 2012.12.01 Saturday
  • -
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

高知巡礼叢談(5)【秘儀 神道灌頂を創生する】

高知巡礼叢談(5)【秘儀 神道灌頂を創生する】

先般、血脈相承の結縁灌頂を行った。わたくしの行った灌頂は、単なる密教の相承灌頂ではない。ここのところを間違えてもらっては困る。

現在の日本密教では、結縁・受明・伝法・学修という灌頂儀式がある。

だが本当は伝法灌頂の上に、秘密三昧耶がある。これを『以心灌頂』といい、心から心へ法身の悟りを伝達するものなのである。

こういう力を具えた、密教の師匠が居たらお目にかかりたいものだ。結局のところ、法力があるだの霊能力があるだの言っても、肝心要(かんじんかなめ)の法の根源は無くなってしまっている。これが現代の環境というものなのである。

師匠のほうが三昧に入り、『心の本性』でもって受法者と対峙する。それは一瞬の出来事である。あまりにも儀式化したもののなかには、もはや本質は存在しないのであろう。

この『以心灌頂』の復活、さらに『神道灌頂』の創生をわたしは企図する。しかし、それらはすでに完成しつつある。頭の中では、構想が出来ているし、情報・環境も整ってきた。


密教を深く信仰した後醍醐天皇図像(金剛杵を持す)

わたくしのいう『神道灌頂』について一言言及すると、これは中世に行われた天皇の即位灌頂ではない。

中世に我が国の天皇は、即位灌頂というものを行ってきた。それは孝明天皇の御世まで継承されてきた。二条家が宗家となり天皇に印真を伝授したのである。

慈雲尊者飲光も密教僧でありながら、神道灌頂・即位灌頂について深く研究し、自らを葛城山人と称していた。密教の奥旨が神道だと彼は主張した。

だが、わたくしのいう『神道灌頂』は、これらのものとは違うのである。それはどういうものかというと、神界に直結した霊地において、『神真降臨の秘法』を修し、神界に感応した上で、秘詞を修唱し、直接的に神祇・神真と結縁を得て、お力を頂くというものである。

人間の作った寺や神社で行うものとは、全然次元が違うのである。おわかりであろうか?

これで『ピン』と『キリ』が揃った。ピンとキリが分かれば、ピンとキリができれば、どんな芸事でも技術でも、あとは簡単なものなのである。(※ピンが血脈三昧耶相承の結縁灌頂、キリが神道灌頂ということである。訶々)

今回の高知巡礼は、こういう内容の完成を含む旅であったということである。
 

スポンサーサイト

  • 2012.12.01 Saturday
  • -
  • 11:18
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク


calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< July 2019 >>

selected entries

categories

archives

recommend

recommend

recommend

recommend

recommend

links

profile

search this site.

sponsored links

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM