スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 2012.12.01 Saturday
  • -
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

改定版 高知巡礼叢談(4)【土佐 ものの怪 語り草】

高知巡礼叢談(4)【土佐 ものの怪 語り草】 


(高知土佐の夜明け・名勝 桂浜・浦戸龍王宮から撮影)

今回の高知の旅では、お世話になった(いつもさんざん御世話になっております)、松浦家のファミリーと会食交流ができました。

毎度毎度、大変お世話になり、いつも何のお礼もできず、同行者は皆、心苦しく感じていると思う。今回に限らず、高知の宿舎は松浦家の別宅であり、自家用車も融通無碍にお借りしてしまっている。松本君の自家用車とあわせて2台での移動だが、山道を走る都合上、仮にレンタカーを使用したのなら、全行程でどれくらいの費用がかかり、且つ車も傷だらけで、そのことを考えると計画は成立しないという算段がつく。

また安全性の確保や、天候における的確なアドバイス、これが一番の難関なのである。はっきり言って天気予報はあてにならない。松浦君のお父上は、この地域に子供頃に住んでいただけでなく、お仕事の都合上、高知の天気天候に精通している。

我々一行にとっては、最も力強いアドバイザーであり、よき相談者なのである。いい歳をした者達が、巡礼とか言って、山登りをする。普通ならば変人扱いだが、御子息との信頼関係があるので、わたくしたちを見守ってくださっている。いつも黙ってみている。けれども行動のおおよそを見当をつけておられて、それがまた決まって的確なのだ。これは常に驚くことだ。

今度、土佐高知にゆくときには、もう少し気のきいたおもてなしをしようと思う。先達のみんなと相談して、本当の意味でのお礼をしたいと思う。

現代であっても、善い状態でゆくことは困難なことをやっている。山の下の地域で晴れていても、山の上は曇りであり、頂上付近のみ雨、ということは少なくない。装備、決断、慎重さ、信仰心が要求されるのである。助けてくれるのは自分しかないのである。仲間のありがたさがよく分かるのが巡礼の功徳というものだ。

さて、先の松浦ファミリーとの親睦会だが、少々のお酒も入り、いろいろなお話を聞くことができた。

その中で、注目したのが、『山での奇怪な話』『(各種)妖怪・物の怪の話』『神社の火の玉』『うみ坊主』等々、もののけ話に花が咲いた。

殊に『しちにんみさき』の話は有名である。

長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)の忠臣・吉良親実(きらちかざね)は君主の怒りをかい、小高坂(こだかさ)にて切腹を命じられた。天正16年10月4日のことである。親実は、つかいの者から君主の命を受けると、それまでさしていた囲碁を一局終わらせ、そして風呂に入り身を清めて、判膳を食し、切腹した。時に27歳であったという。腹真一文字にかき切り腸をつかみ出すところを、検使(けんし)の宿毛甚左衛門(すくもじんざえもん)が大刀を振りおろし介錯した。その後、親実の慕う者たち7人が次々と切腹させられた。この怨霊の一団が『しちにんみさき』であるという。本来は7人ではなく8人なのであるが・・・。

ここまでは、土佐でも普通に言い伝えられるお話だが、ここからが違う。

松浦君の母方のおじいさんの話で、海で何か火(火の粉?)のようなものがチラチラと見えるのだという。暗闇の向こうに見える。こちらに近づいてくる。これが『しちにんみさき』だというのである。

そこで一息咳払いをする、あるいはタバコを吸うのだという。そういうように一息入れることが大切で、怨霊は去ってゆくのだという。これは実際的な話で面白い。多くの有用なマジナイにこういう類のものがあるのである。

『うみ坊主(海坊主)』の話もあった。

『海坊主』はタコのようなものではなく、海の中でものすごく広い面積を持つを魔物であり、平らな状態でスゥーっと水面に浮きあがってきて、船を転覆させるそうである。

このことは東北などでも伝承されていて、近代の天台宗千日回峰行の先師・箱崎文応師も海坊主の遭難事故で多くの漁師仲間を失い、仏門に入ったことを生前話されている。
 

現実的な解釈もできるものであるが、それだけでは説明のつかないこともある。

朝4時半に深山に分け入り、真っ暗な中、少しばかり車中で待機したのだが、それは恐ろしかった。もしあの山道の向こうから何かが来たらどうしよう。そんな思いにかられるのだ。

わたくしも20代真っ暗な山に一人で入って修行したことしばしばであり、その時の恐怖はいまでも昨日のように憶えているが、土佐の山の深さは半端ではない。山の標高も高くて、底知れない凄味があるのだ。

それに今だから言えるが、気と言うのか、誰かが山の中から見ているという、目線・眼光をはっきり感じていた。それは野生の動物でもあるのだろうし、それだけではない気も感じていた。

わたし自身、霊境に行く途中の真っ暗な山道で、樵(きこり)の男たちのような、複数名の声を聞いた。

他には、庄田先生や松本君が、山頂にゆく途中で、誰もいないところから男性の読経する声を聞いている。

今回、わたくしは金剛鈴(行者鈴の代用)を腰にぶら下げた。やはり、山の修行では、行者鈴と法螺貝が必要である。法具というのは、昔から伝承されているものだが、やはり必要があって持参するもので、実際上の効果があるわけである。このほかには、金剛宝剣、鏡など持参するべき法具がある。

また女子についてだが、『変成男子』の秘法・『千手法』を受法する必要がある。少なくともこれを21日間(21座)行うことが重要なことである。

高知には、まだまだ手つかずの自然や美しい水がある。『ものの怪』たちも躍動している。この自然や山の信仰を日本の財産として遺してゆかねばならないと考えている。

最後になりますが、松浦家の御一同様、いつもほんとうにありがとうございます。心から御礼を申し上げます。

謹んで川島金山しるす

スポンサーサイト

  • 2012.12.01 Saturday
  • -
  • 13:21
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク


calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930     
<< September 2019 >>

selected entries

categories

archives

recommend

recommend

recommend

recommend

recommend

links

profile

search this site.

sponsored links

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM