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  • 2012.12.01 Saturday
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仏の自然智への道【出離の法を説く・果たして勧請はあるか?】

神祇の霊界(正神界)から来た者でなければ、今生では先ず、仏教・密教から取り組むのがよい。

仏教の一宗派の密教をやって、取り憑かれる者があるが、そういう場合は大抵が憑霊体質である。また密教の修行の仕方が悪いのである。

密教の修行は、仏教の中でも特に専門的であり、相応の成果を得るには、経典や論書に精通していなければならない。学び方にも手順がある。わたしが或る論書をブログで紹介する。すると勝手に書籍を図書館で借りたり、購入したりして、独自に理解してゆく。

ひとつ聞きたい、こういう学び方が仏法を学ぶというあり方だと、皆さんは思うか?

わたくしからの答えを言おう。答えは、否・不可である。

一度勝手な理解をすると、それが解けなくなる。本当の法を理解する障害になるのである。心の連続体が傷つくと言ったらよいのか。

論書を紐解くことですら、そうなのであるから、密教を修行しようなどというのは、夢のまた夢なのである。だが、わたくしは前世の誓願によって、法を縁あるものに与えようとする。

平成24年3月25日は、わたくしにとって記念すべき日になる。何故かと言うと、独立した仏者として、はじめて何にもとらわれず、『法(先ずは出離から)』を説くからである。

これはわたくしの仏者として教化育成の始まりなのである。言わば世に宣言した日である。

本当の仏の縁を全力で与えるのである。ご縁がなければ道を成すことは難しい。『縁なき衆生は度し難い』のである。この縁は、仏縁だけでなくて、そのまま正神界につながっているものである。

法を転ずるには、『勧請』が必要である。今日は初の『個人指導日』なのであるが、その前に『法(出離)』を説こうと思う。

皆さんに『勧請』がなければ、少しばかりのお話で、すぐに個人面談指導に入ろうと思う。仏法を説く為には、聞く側に『請う』ということがなければならないのである。

果たして勧請がありや否や! 

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