スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

  • 2012.12.01 Saturday
  • -
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

解説 八宗綱要(11)【マイトレーヤ菩薩の瑜伽師地論】

弥勒降臨のこと

「・・・さて、講義の続きじゃ。
瑜伽師地論の冒頭の大意を申しておらなんだな。この論書は、次のようなことを言うておる」

「まず、原文を読んでみようかのう・・・。

爾のとき父母の貪愛倶に極まって、最後に決定して、各々一滴の濃厚の精血を出す、二滴和合して母胎の中に住し、合して一段と為る。猶おし熟乳凝結の時の如し。当に此の処に於て一切の種子を持ち、異熟性に摂められ、執受の所依たる阿頼耶識和合し依託するなり。云何んが和合して依託するや。謂わく此の出だす所の濃厚の精血合して一段と成り、顛倒の縁と中有倶に滅す。滅と同時に即ち、一切種子識の功能力に由るが故に、余の微細の根および大種ありて、和合して生ず。及び余の有根の同分は精血和合して博生す。此の時の中に於て、識すでに住して結生相続すと説く。即ち此れを名けて羯羅藍の位と為す

とな。」

「・・・大意を申すとな。こうじゃ。

人間がまさに死するときに、過去の輪廻に於いて長い間経験され蓄積された『我愛』が現起し、その力により促されて自己に愛着・執着し、無始無終に続いてきた、戯論(けろん)と善業悪業により、中有を形成する。その中有が次に生まれるべき処・縁を求めて、やがて母体に入り、ここで父母の精子が結合する時、中有は滅して同時に生有が生じ、一切の種子たるアーラヤ識がこれに結合して、精子は成長し、胎児を形成し、出生に至るのである。

こういうことじゃ」

「先ずな、この『瑜伽師地論』は誰の手により成ったものかじゃ。これは皆すでに知っている、弥勒菩薩(マイトレーヤ)さまのご著作である。弥勒様は、無着(アサンガ)様、世親(ヴァスヴァンドゥ)様の先生に当たる方じゃ。吾が法相の教えの根本経典は『解深密経』だが、この経を『瑜伽了義の教』というのじゃ。『瑜伽師地論』をば『瑜伽了義の法』というのじゃ。このことをな分かっておらんと仏道の修行が単なる学問の対象になってしまう。よく記憶しておくようにな」

「法相宗は唐において起こった宗旨じゃ。彼の玄奘三蔵さまが初祖であり、天竺(インド)にて学んだ。そのお弟子の窺基さまが、開祖ということになっておる。我が国からは玄奘三蔵さまから道昭様が直接教授を受け、さらに智通さま智達さまらが唐へ渡り修学されたのじゃ。我らの先師先達は、そういう偉大な仏法の学碩なのじゃ。これは仏者として大いに誇れるものだと言ってよい」

「先の『了義』という字句じゃが、これは『その意味が完全に解明されたもの』という意味じゃ。これに対して『未了義』というのは『その意味がいまだに解明されていないもの』ということじゃ。同じ仏教経典にも『了義・未了義』があるのじゃ。善いかな」

「・・・実のところ『瑜伽師地論』は、それまでの瑜伽師たちの説を集大成したものとされておる。瑜伽師とは、唐の法相宗徒以前の天竺(インド)の唯識論修学者のことであり、彼ら瑜伽師のことをまとめて瑜伽唯識派・瑜伽行派というのだ。この論は成仏に至る17の階梯(地)を示すゆえに『十七地論』と呼ばれたんじゃよ」

「・・・詳しい解説は、唯識論と中観を学んでからとするが、一つ大切なことを申しておく」
老師は、講釈をやめて堂内を一度くまなく見渡してから、こう言った。
「よいか、肝心なのは、弥勒さまの降臨説法の伝説じゃ」
「知っている者はすでに知っていよう。この『瑜伽師地論』は、アサンガ様がその神通により兜率天(とそつてん・としたてん)に行き弥勒菩薩さまから教えを受け、さらに弥勒さまに御降臨を願った。その願いを聞き入れ弥勒様は人々の前に姿を現し説法した。それがこの論書である。だが、その場に居たものは、みな弥勒様の説法を聞いただけであり、声だけしか聞こえなかった。大光明を放って度々降臨したという。また菩薩に近づくことができ、見ることができたのはアサンガ様だけであったというのじゃ・・・」

僧の一人が手を上げた。
「はい、老師。そのお話は以前にお聞きし、これは『瑜伽師地論』を権威付けるための比喩なのではないかと思っていました。アサンガ様が、弥勒菩薩が説法していると思ってお聞きなさいという事実が後代にこのような伝説になったのではないかと・・・。老師がここの部分をことさら直指した意義・意味がわかりません・・・」

「まあ、そうじゃろうのう。弥勒伝説を知っておる者は大体同じ意見・見解を持つだろうな。それが精神の健全というものかもしれんな。だがじゃ、この論書の本文からくる生々しさは拭う事はできないのじゃよ。わしは是れを『弥勒菩薩降臨・弥勒現身説法の問題』と定義しておるのじゃ」
老師は水壺から碗に水を注ぎ、ゴクゴクっと飲んだ。

「・・・では、今日はこれまで」
老師もお疲れのご様子だ。そして退席されるときに、良範の眼をちらりと見た。

良範のほうは、良円・良泰の顔を覗った・・・。


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。


スポンサーサイト

  • 2012.12.01 Saturday
  • -
  • 00:00
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク


calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< June 2019 >>

selected entries

categories

archives

recommend

recommend

recommend

recommend

recommend

links

profile

search this site.

sponsored links

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM