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  • 2012.12.01 Saturday
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本気で叱る【三つ子の魂 百までも】(改訂版)

江ノ島から見た花火

今日のお話は「子供のことは、結局、親に問題がある」というものである。

昨夜、江ノ島海岸に散歩に出かけた。

理由は、急に散歩に行きたくなったのと、海に行きたくなったというものだ。そして、江ノ島は自宅から案外近いのだ。

16〜17歳の高校生の頃は、毎日のように海に行った。湘南の海は、わたしにとってはお馴染みだ。父方のご先祖代々は九十九里浜にずっといた。常に海と関わりのある人間だった。だから、子孫のわたしも、海を見ると何となく血が騒ぐのである。

到着すると、近くの海岸で花火大会をやっていた。何発も何発も打ち上げている。海の波の音と美しい花火、海辺は真っ暗だ。真夏の真っ只中なのに、すでに秋を感じ始めているから不思議だ。

帰途につくとき、多くの若者の姿を見た。挙動を見ていて、親の顔が見たかった。そして妙な匂いがするのだ。こんなことで日本は大丈夫なのかと思った。

そして今日。電車で出勤するときに、わたしの横に孫を連れたご婦人が座った。70歳前後だろうか?

わたしは本を読んでいたのであるが、そのうち孫が暴れだした。子供だから仕方がない。誰も注意などはしない。見て見ぬフリだ。それが今の時代のあり方なのだろう。

そのうちに、そのご婦人(おばあちゃん)のお顔を、3歳くらいの孫が叩きはじめた。一回二回ではない。執拗に叩くのである。10回20回と。

おばあちゃんがお止めなさいと言っても聞かないのだ。

わたしは一瞬考えた。この子の将来というものを。大人が子供を叱るのは簡単だ。だが叱ればよいというものではない。子供なりの理由がある。子供とはそういうものだ。

アカの他人の幼い子供を叱る。特にご縁があるわけでもないし、そんなことはしなくてもよい。だがである、この子は将来の日本を背負ってゆく人間の一人なのである。先に生きているものとして、何ができるのか。相手が子供だからではない。

腹いせに怒るのは良くない。だが「三つ子の魂、百までも」というではないか。昨日の若者たちのことが頭をよぎる。

その瞬間、わたしは幼子に対して『ダメっ』と叫んでいた。周りの人たちは黙っている、その場は静まり返っている。尚、執拗に叩こうとする子供に『ダメっ。ダメだよ。絶対にダメっ』と一喝して、全身全霊の気を眼から出して子供に意図を伝達した。『おばあちゃんを叩いてはいけないよ』。

この子が、執拗に叩く行為を能力に変える日を希望にしながら・・・。

おばあちゃんは、わたしに云った。
「この子はお母さんの言うことだけ聞くんです」と。つまり、親が言うことを聞かせるために叩いているのです。子供は何でやられているのか分からない。だから優しい無抵抗のおばあちゃんを叩いて愛情を確かめているのだと思う。

おばあちゃんには、『この子は活発な良い子ですね。大切にどうぞ・・・』と言って、わたしは下車した。わたしの行為が正しいのか間違っているのかは誰にもわからないと思う。

ただ、云える事は、わたしは日頃の修行のときと全く同じ心境で、その子供に相対し、全身全霊の気合を送ったということである。大人も子供関係がない。本当に祈るような思いだった。

叩くことは、薬になり、教育にもなる。しかし、間違ったやり方をすれば、子供の心を傷つけ、毒になるということを大人は知らなければいけない。 

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