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  • 2012.12.01 Saturday
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再び『葉問・イップマン(序)』

石炭

再び『葉問・イップマン(序)』である。

写真のシーンは、伝説の達人イップ・マンが、家族のためにやったことのない、石炭堀りをやっている場面だ。

誇り高く、武術に打ち込んでいた者が、石炭堀りの仕事をする。なにも石炭堀りが仕事として云々言っているのではない。武術家として生きている者が、他のことに手を染めて生きる哀しみを言っているのだ。

かつてわたしもそうだった。自分の好きな修行を抑えて、家族の為に働いた。当たり前のことであるが、一度歌えなくなったカナリヤは二度と歌えないものなのだ。

そのことを知っているから哀しかった。だが、である。家族を守る為に自分の時間と身体を使い働く。家族がどんなに離れていようとも、 家族は家族、子供は子供なのである。愛は愛なのである。

可愛い我が子と居ることができない辛さ。人生の矛盾。あなたはこういう苦しみを味わったことがあるか。仏様は、すべての原因は自分の業であるという。そのとおりだが、その通りを簡単には受け入れられない時もある。

あの伝説の達人ですら、食うために石炭堀りのアルバイトをしていたのである。

わたしなども「一指入魂」して、指名を取れるように施術した。想いの入り方が違う。いまようやく、わたしは本来の姿に戻りつつある。

或る師匠が「人生は旅だ」と言ってお守りをくれたが、思うままにはゆかない旅路だ。

矛盾を哀しむのではなく、雄雄しく受けて立つ。本当の修行とはそういうものである。わたしはいつでも矛盾を喜べる。そういう自分であることをいつも確認している。それが出来なくなった時、自分ではなくなったということなのだろう。

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