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  • 2012.12.01 Saturday
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6月23日【沖縄戦終戦記念日】

今日は『沖縄戦終戦記念日』だった。6月23日は、太平洋戦争(日米大戦)における、沖縄の終戦の日なのである。

このブログの読者の年齢は幅広く、比較的若い世代も多い。かつて沖縄がアメリカに占領され、日本の行政外にあったことを知らない人もいるであろう。

沖縄返還前夜、自動車は左側通行になる、とTVではさかんに放送していたのを記憶している。アメリカ管轄だったので車は右側通行であった。

わたしはその後、僧職・宗教者になり、激戦の地である、沖縄に何度も趣いた。衷心から沖縄に散った御魂をご供養した。

旧戦地には、ガマといって、一種の自然の洞穴があり、そこを避難の拠点にした。なるべく本土から米軍を遠ざけようと、軍も住民も南側に逃げたのである。そして終焉の地が、摩文仁の丘である。

沖縄戦終戦記念日は毎年摩文仁(まぶに)で行なわれるのである。

戦争の悲劇。島民60万人のうち20万人が戦没した。本土の犠牲になったのである。島民の三分の一が戦争で死んだのである。

有名な悲劇に「ひめゆり部隊」の話がある。もちろん何度もそこには行った。しかし、わたしの知る限りで最も悲劇的だったのは、「鉄血勤皇隊」の自爆だ。鉄血勤皇隊とは12歳くらいの児童に手榴弾を持たせて敵に自爆攻撃する部隊のことだ。実際に行なわれた作戦なのである。

実際に、ひめゆり部隊・鉄血勤皇隊の生き残りの方たちとお話しもした。

本土に生き、ぬくぬくと平和ボケしている我々も、時には沖縄に思いを馳せてもいいのではないか。

沖縄人は、本土の人間を「やまとんちゅう」という。沖縄地上戦において、多くの犠牲者を出したことを沖縄の方々は忘れてはいないのである。

摩文仁の丘の中腹に、沖縄戦を指揮した牛嶋中将自刃の地がある。さらにその下のほうの海岸付近には、水場があり、そこでは多くの兵隊や民間人が、アメリカ兵に狙い撃ちされた。

その場所に行くと、霊能力のない人間でも、死者の怨念が残っているのがわかる。

知り合った沖縄の子供のなかに、沖縄戦でなくなった方の魂を感じることがあった。強烈な意識が死の刹那にあった場合、その怨念により、再生(生まれ変わり)が、早くなるのであろうか?生まれ変わりというものは、そう滅多にあるものではない。

霊的な障害がある土地の浄化をせずに、その土地の繁栄はない。必ず結果には、相応した原因があるのである。それは必ずしも、物質的なものばかりではない。多くの土地の上に、霊的な障害を見るこの頃である。

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