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  • 2012.12.01 Saturday
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求道への遍歴(その1)【運命心理学との出会い】

わたしの祖父は、天台密教の古い寺院に出入りし、ご住職に易占や書道を教えていたという。確かに達筆であり、経文などの筆跡は立派な文字である。その影響というか遺伝なのであろうが、わたしも同じような事をやるようになった。

母方の男子はすべて薄運であり、才能があるゆえにその生涯は惜しいものであった。子供ながらにどうしてこんなに親戚は運が悪いのかと思った。子供頃からいつかこの家系に纏わる運命を開運したいと考えていた。自分の将来よりもそっちのほうが重要だったと言ってよい。

16歳になりお寺に通いだし、経文を唱え始めた。特にお不動さんは信仰の根本だった。 九字を切ったり、真言を唱えるなど、自分なりの修行をした。すべて祖先の供養と、家系の運気転換の為だった。

直感的に祖霊の影響が、親戚の男子に関わっていると感じていた。父方にはそのような陰気くさいことは無かった。しかし、わたしは母の実家の仏壇の前で誕生したのであり、そこには数百年前から伝わる「不動明王三尊像」が安置されていた。非常に立派なお不動さんであり美しい仏像だ。この不動明王像には、いわくがある。

それは昭和15〜6年のことだ。この伝来の不動尊像を一般の家では、お奉りしきれないからという理由で、祖父は寺院に預けたという。すると、祖父は病気になり、娘が病気で亡くなったりということが続いた。その他にも怪異のことがあったという。そこで大山のほうの祈祷師の女性に解決を求めた。その女祈祷師の話しでは、恐い顔をした神仏が怒っているという。更にその神仏を動かしたことが原因であると語ったそうである。早速、寺院から返還してもらい、祖父が奉祀する為の器物を作りお奉りした。不思議なことに、家は明るさを取り戻し、次男が生まれた。今でもその器物に入って安置されている。また、その祈祷師は大山の御師(おし)であり、わたしの祖母の家系は、大山の御師であった。御師とは、いわゆる神主である。

件(くだん)のような理由で、わたし母方の縁起というものを良くする事が自分の使命だと思うようになっていた。その気持ちは今でも変わらない。わたしの「産土神」は、母方の祖霊と同じ神祇なのだから当然といえば当然である。高校1年生の晩秋に、或る2つの事件に遭遇し、わたしは人間の運命を真剣に考えるようになった。そんな時に出会ったのが、「ソンディ博士の運命学 あなたの運命は変えられる」という本であった。昭和54年12月刊行である。

著者は佐竹隆三先生。ここに一条の光りを見出したのであった。

(続く)


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