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  • 2012.12.01 Saturday
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解説 八宗綱要(19)【密教燦然・久米寺の大日経】

良範;久米寺の回想

「良範さん、空海さまのことを少し聞かせてもらえませんか?」

そう言われて良範は瞑目して、深く心を統一して、感慨深げに合掌して話をはじめた。
「そうだなぁ。・・・あれは何年前のことだったか。彼のお方、空海さまが久米寺に来訪したというのは・・・。夢に感じて『大日経』を感得したという。久米寺の住職も戸惑い乍らもそれこそ堕地獄の覚悟で梵篋を開いた。内には『時至らば是れ開かれん』と先師の見事な筆跡で書かれてあったというのだ・・・。」
「久米寺は奈良の平城京の都、神武帝のお鎮まりになる畝傍の近辺にある。有名な久米仙人が自身の歯毛を木像に植えたという像があるので有名だ」
「空海さまは抜群不抜の頭脳でもって大日経を三日三晩で読破した。彼が言うには、此の経典には明法の師の口訣解説が必要だという。経典の各章に理解に必要な口傳が少なくとも二十箇所以上あると看破した。また既に唐に法を伝える人師がいる筈だと。彼の頭脳と心眼には其の新しき風を起こす法宝(仏法)がまざまざと映じているようだった」

「彼はその後、『 聾聲指帰(ろうこしいき)』という書を著わす。これが世俗との訣別の宣言だったのだと思う。当時、彼は24歳になっており、官吏登用試験の年齢上限が25歳だった。一度は官吏を目指したこともあるから、まさしく世俗との訣別ということなのだろう」
良範がこういうと、良円は身を乗り出した。余程、興味を覚えたのか、良範にむかってこう言った。

「では空海様は、官吏を目指し、大学に学び、その道をゆくに疑問が生じ、仏門に入ったというんですか?国家のあり方と仏道についてどうお考えなのですか?空海様は・・・」
良円は知らず知らずのうちに『空海様』と言うようになっている。官吏を目指した経歴に共感したのであろうか。とにかく猛烈に感心が高まったようである。彼は以後、空海様と言うようになった。

「・・良範さん、その空海様の『 聾聲指帰(ろうこしいき)』とは何が記されているのですか?『秘密宗』の教義についてですか?それとも唐土に渡る前の決意文ですか?」

「良泰、なかなかいい質問だな。おぬしは相変わらず利発だな」

「この書は空海様の初の著作と言ってよいと思う。後の世では少なくとも僧;空海の宣言の書という位置づけをもつだろう。内容はな、儒教・道教・仏教の三教の特徴と優劣を論じているのだ。なにゆえに仏教が優れているのかということだよ。しかし、神祇の道に関しては論じてはおらん。そのことは彼が無事に帰朝しても課題として残るな。この国は神代のときから神州として帝がお立ちだからな。だが彼ならば、神仏一体のあたらしい仏教を創造するだろう。そういう星の運命(さだめ)をもった漢(おとこ)だからな」

「先ほど良範さんが言われた『大日経』の『曼荼羅(マンダラ)』ですが、意味としては『心の本質』だということは分かりましたが、他にも種類はあるのですか?」

「良泰、なぜおぬしはそう思うのだ」

「それは仏教の教理の系統には、2種類があると思うからです。一つは『空』を説く般若・法華・中論などです。もう一つは、『識』を説く、『解深密経』『成唯識論』などです。この二つは元々一つだと思うのですが、存在や心の側面を追求してゆくと、どうしてもこの二つに到達してしまうと考えるのです。だから、二つの曼荼羅が登場する筈だと・・・。そう思うわけです」

「・・・今度、老師が『成唯識論』の続きの講義でそのこともお話されるだろう。わしは、しばらく外に行ってくるからな。帰ってきたら、またその話の続きをしよう・・・」
そう良範は二人に約束し、数日後に勝安寺をあとにした。だが、数ヶ月経っても良範は帰ってこなかった・・・。

第一幕終わり


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。

解説 八宗綱要(18)【秘密仏教・出世間の護摩法(修行法)とは】

なぜいま秘密仏教の護摩法なのか?

「・・・その『大日経』なんだが、第六巻・世出世護摩法品第二七において、護摩法という特殊な観心の法を説いているのだ。大日経をもとにして『曼荼羅(マンダラ)』というものを作り、その内証(さとり)を13分割して、各区域に心を遊ばせて、自在に変化(へんげ)するというものらしい。もちろん、弥勒菩薩の座もあり、その他無二無数の仏への変化(へんげ)ができるのだという・・・」

「へえー」

「その中に虚空蔵菩薩の法もあるというわけですね」
と良円は察しが早い。

「まあな、そういうことだ。そしてな曼荼羅というのは『マンダ』と『ラー』という梵語で、心と本質と言う意味なのだ。人間が速疾に変化(へんげ)してゆく手順を表現しているというが、詳しくはこれも分からない。法を継承している人師(にんじ)について伝授をうけるしかあるまい。おもしろいのは、三密と言って、身・口・意に「唯識」を分けて、それぞれ統制する方法を制定していることだな。身は印契、口は呼吸と真言、意は観念・観想だ。決定的なのが『灌頂儀式』という伝授法が明確にあることだ。これなくしては入壇ということはあり得ないとされる。まさしく人師が必要なのだ」
「先の世出世護摩法品に示されている護摩法だが、これが観法の法の究極の要らしいぞ。護摩とは梵語のホーマのことで、火を意味する。要するに火を焚いて修する方法ということだな。世間的な護摩と出世間的な護摩法があり、それを詳しく論じているのだ。実際の方式は不明だ。まさに秘密の儀式を伴う仏教だよ」

「・・しかし、そんなことで『成三菩提』が速疾に実現するんだろうか?良泰、おまえはどう思う」

「良円さんにも分からないことがわたしに分かるわけないでしょう。ただ、その曼荼羅とかいうものの中に、護摩の位置づけも、三密とやらも、変化(へんげ)の秘密も全て含まれているのだと感じます。良範さんのお話の節々からそう感じました」

「ふうん、どうしてそう思うのだ」
良範は興味深げに良泰の顔を覗く。

「空海さまも山間、山林などで修行したのでしょう。または護摩なども修行したかもしれません。天体も含めて自然物を使い深い意識(こころ)に入ってゆく、ここに秘密があるんだと思います。すべての事象はアーラヤ識の表象なのですが、第八アーラヤ識と第七マナ識の境界部分に触れることのできる機会(チャンス)が、水や火、風、山、天体などの自然物との接触点にある、そういうことなんじゃないでしょうか?」

「・・・」良範は呆然と聞いている。

「だから空海さまは、日本に於いてそのことの意味から結果まで、ほぼ体得して唐に渡って真髄を掴もうとしている・・・。その秘密の曼荼羅を持ち帰ろうとされている!」

更に良泰の言葉に続いて、良円は言う。
「あなたたちや、自然智宗の連中、勤操律師から吾が師僧の良義僧都まで、その空海とやらの帰朝を待っていると・・」

「まあな、良円に良泰、信じろとは言わんよ。それは自由だからな。だがな、良義老師がどうしておぬしらに接触し世話をしろと言ったのか、意味が分かってきたよ。おぬしらとこうして話をしたり、接点をもってようやく分かってきたよ。また、勤操さまが興味を持たれたのも、今ならばよく理解できる。まさにおぬしらは、時代の申し子だよ。時代が行き詰まると必ず人材と法がでてくるもんなんだなあ・・・」

「護摩に曼荼羅、行く先の仏教界が窺われるではないか。おぬしたちは、そうは思わんか。あはははは」
良範はいつものように、とぼけた顔で訶々大笑(かか たいしょう)したのであった。


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。
 

解説 八宗綱要(17)【空海と摩訶毘盧遮那成仏神変加持経】

秘密宗の修行法『月輪観法』

「・・つまり良範さん、こういうことですね。その『月輪観(がちりんかん)』という観法がその『秘密宗』というものの土台的な修行法であり、また『秘密経典』とかいうものにそのことが明記されていると、こういうことですね」

「その通りだ、良泰。おぬしの言う通り、『秘密宗』の依経がその『秘密経典』ということになる。同時にそれは唯識も中観も取り入れられており、さらに別のあたらしい思想も盛り込まれているのだ」

「なるほどね、それを最澄が唐に渡り、請来してきたわけだ。そして大会(だいえ)を催行するといって貴族を呼び、さらには各派の大徳を政治権力で、物を言わせず参加させたわけだな」

「良円、おぬしさすがだな。そこまで知っておったか」

「まあ、そのくらいの情報はつかんでいますよ」

「その経典は何という経典なのですか?」
良泰は興奮をおさえつつ聞く。

「・・『摩訶毘盧遮那成仏神変加持経』だ。略して『大日経』というのだ」

「なんとも深遠な経題ですねぇ」良泰は妙に感心する。

大乗仏教の最後の段階の教えがこれだろうな。そして最後の観法の土台が『月輪観』ということになるな」

「・・ということは良範さん、唯識における『識住』の具体的な方法が、『月輪観』とかいう観法なのですかね、それとも・・・」

「それともなんだ」

「それとも、それに付加された方法があるのでしょうか?」

「なぜそう思うのだ?」

「喩えて言えば、鏡になるのが、『月輪観』で、鏡に映っているのが、現象世界の事象であり、その鏡にさらに何かを映すことによって、現象世界に対応できるもの足りえるんじゃないでしょうか?」

「うーむっ」良範はまたまた腕を組んでしまった。
「いやな、本当に驚いたよ。今日は本当に驚いた。おぬしが言ったことを同じようにいう人物がかつていたんだよ。そしてその男は、霊夢で『大日経』を得たというんだ・・」

「ええっ!!」

「そしてなアサンガ様の『弥勒菩薩の現身説法』こそが、その『変化(へんげ)』の技法を見せた証だと言うんだな」
「その男は虚空蔵菩薩求聞持法をやり、さらにその根本経典まで得たので、すぐに天体が関係あるんだと見抜いたんだ。弥勒降臨のときも、無着(アサンガ)は日光三昧に入ったなど天体に関することを述べているからな。求聞持法もな、月と太陽の蝕が結願に非常に関係があるとされているんだ。例の瑜伽師たちの伝えたものが、この法になったとその男は言うのだ。驚くべきことに、その教えはすでに唐土に於いて完成していると思うというのだ・・・」

良泰が続けていう
「・・それが先に出た、『秘密宗』だというわけですね」

「そうだ、その通りなのだ」

「その方は自然智宗の代表格というわけですね。良範さんは、どのくらい偉い方だと思うのですか?」

「そうだな、最澄が300年に一人の大秀才なら、その男は1000年に一人の大天才だな」

「いやー、それほどのお方ですか。是非ともお会いしたいですね。いま、どこに居られるのですか?」

「俺もあってみたいな、その大天才とか人物に・・・」良円も相当に興味がわいてきたようである。

「日本には居らぬのだ。いまは唐土におられる」

「何というお名前ですか?」

「うむ、名前か。空海さまだ」

「空海さま、ですか」
良泰は、この名前の中に自然覚(自然智)が躍動するのを感じたのであった・・・


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。 

解説 八宗綱要(16)【虚空蔵菩薩求聞持法とは(2)】

自然智と虚空蔵菩薩求聞持法

「良範さん、虚空蔵求聞持法という観心の法を知っているんですか?それは唯識に住する観法(禅定=瞑想法)と同じなんじゃないですか?そのことを教えてください!」
良泰は思わずそう叫んでいた。そしてその横で、いつもの姿勢で虚空を見つめながら話す良円にもこう言った。
「良円さん、そういう法があることをどうして隠していたんですか?それは受験と関係のないものだからですか?」

「良泰、おまえはまだ子供なんだよ。おれはおまえには冷静な判断ができないと思ったんだよ。受験とは関係ない。仏教の根本は『唯識』なんだ。おまえはそれをもっと学ぶ必要がある。それに『アビダツマ』だ。良範さんは、『三論・中観』それに『華厳』を勧めるのだろうがな。おれは『アビダツマ倶舎論』と『唯識論』の精妙さに仏教の深奥を見るんだ。だからおまえに今は黙ってそれを学んでほしいのだ。良範さんのような、いわば敢えて言えば不良の徒の影響を受けてほしくないのだ」

「良円さん、わたしはそんなに弱い人間ではありませんよ。良範さんがどんなに甘言を弄しても、そんなものにはのりゃしません」

「おう、甘言か。良円も良泰も、おぬしらはよう言うな。わしは今日は腹蔵のないところを言うと申したので、その言葉に偽りはないから、本当のことを言うぞ・・」
自然智宗という言葉が出たが、宗というほど、国から認めらたものではない。周りがそう呼称しただけだ。先の勤操さまもその一角の方であることは間違いない。自然智は、自然覚ともいい、本来人間に備わっている智慧のことだ。智慧を学習とかで開発するんじゃない。原初からあるものを明らかにしてゆく、それが自然智(自然覚)を得ることの意味だ」
「この流れは唐から来た、元興寺の神叡さまからはじまったのだ。そして唐で善無畏三蔵さま(天竺出身)から直接伝授を受けた道慈さま、その系統の弟子の勤操律師。そういう意味では確かにわしもこの流れのなかにいる。多くの俊英な者が山林に入り修行を積み、仏典の説くところの内証(さとり)を実現しようとしている」
「その中でも先駆的な猛僧がいる。それが最澄だ。東大寺で具足戒を受け僧になった。今は、比叡の山に法華一乗の遮那止観の道場を建てている。このことで仏教界は大揺れに揺れているんだ。要するに速疾(そくしつ)に『成三菩提』を得れると主張し始めたのだ。彼は独自の『一念三千』という理念を引っさげて登場したのだ」

「馬鹿らしい。何が一念三千だ。そんなものは華厳のパクリでしょう。速疾成仏なんかは観念的な成仏だという論法でしょうよ。まあ、時代遅れの『法華経』を最先端だというところに彼の憎めない一面があるとも言えるのだがな・・・」「ふんっ」と良円はそっぽを向く。

「確かにお前の言うとおり最澄殿は『一念三千』なんていう子供だましのようなことを言い出したが、それは全部唐の天台大師(ちぎ・天台智者大師ともいう)の受け売りだろう。一念三千の感応によって、成菩提(成仏)の速度は瞬時だと説くのだ。だが、彼も『止観の行』を山林に移住して行うという、この奈良の六宗とは明らかに違う方向性を持っている。三劫成仏というものを打ち破ろうとしているのだ」

「良範さん、最澄殿って、その方を直接知っているんですか?」良泰はいいところついた。

「・・・」

「どうなんですか」

「そうだな、まあ、知っているんだ」

「ええっ!」これには良円は驚いた、良泰はまだよく分かっていないが、良円はよく分かっていた。この頃の最澄と言えば、彗星の如く現れた、仏教界のスターだったのである。帝や貴族の一部とくに藤原氏一族の有力者から支持を受けていた、大才であったのである。先頃には唐に国費留学してきたという大立者だったのである。そのスターを良範が知っているという。その衝撃は大変なものだった。

「隠しても仕方がないのでいうが、わしを『年分度者』に推薦するといったのは最澄なのだ。彼はわしの南都における通暁した能力がほしかったんだろうな。元々、知り合いでもあったしな。そういう経緯で僧綱に成らないかという破格の条件をつけてきたのだ・・・」

「そりぁ、良範さん・・・」
良円の声は、羨望と嫉妬が入り混じったような、聞いたこともない複雑な音声であった。

「良範さん、虚空蔵菩薩求聞持法の解説ですよ、さあ」と良泰。

「・・・『虚空蔵菩薩能満所願最勝心陀羅尼求聞持法』というのが正式な名称だ。もちろん本尊は虚空蔵菩薩だ。この法を成就せば、聞持聡明になるという。要するに抜群の記憶力と文義の理解力が優れるということだ。主に山間などの閑寂な場所で修行する。この経典は善無畏三蔵さまが天竺から請来されたものであろうという。仏祖(お釈迦様)も尼蓮恒河(ガンジス川)の近くで悟りを開かれたが、そのときは明け方で明星が輝いていたという。そのことに因んでこの法ができたのではないかというのだ。明星は虚空蔵菩薩と等同と考えられているんだ」
「およそ、この菩薩の陀羅尼を100日間で100万返修唱するんだ。牛蘇加持という秘伝もあり、これは伝承する人師によって伝授を受けるしかない」

「その法が、唯識とどう関係があるのですか?」

「唯識を基盤に進化発展したといえる秘密経典があり、それに付属した法が虚空蔵菩薩求聞持法だと思われるからだ」
「具体的には、わしにも分からん・・・」

「なるほど。しかし、はぐらかさないで教えてくださいよ、良範さん」

「・・では言うが『月輪観』という禅観の修行法があるんだ。これが法相唯識観法をも超えるものだという言うんだな。虚空蔵菩薩求聞持法も、その前提として『月輪観』を体得しておらぬとできぬ、そう口伝されている。この観法の体得者は、よくよくでないと居らん。奥義を知る者は僥倖であり、教授している師匠は、昼間に星を探す如く難しいことなのだ」
良範は腕を組み、何かを思いつめるように虚空を見つめた・・・・


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。 

解説 八宗綱要(15)【虚空蔵菩薩求聞持法とは(1)】

虚空蔵菩薩求聞持法とは

「良円、ズバリ言ってくれたな。おぬしがそれくらいの情報をつかんでいることは分かっていたよ。世情の流れや仏教界の動向をよく考察しているおぬしが知らぬ筈はないからな。今日の勤操律師ご来訪の節の俺の待遇で、この寺でも立場が早々に知れてくるだろう。もう、そういう時期に来ているんだろうな。おぬし達の様な若い者が出てきているのはその証しだと思う。そこでだ、俺も今日は腹蔵のないところを述べさせてもらおう」

「やっぱりそうだったんですね、良範さん。わたしはね、かねてから貴方の噂は聞いていたんですよ。もっともロクでもない噂も多々ありましたけどね。しかし、接してみると貴方は大変な才能を持っている。だがね、どうも狷介不羈というか、そういうところがあって、わたしは癪にさわっていたんですよ」

「そうか。おぬしはそう思うだろうな。官僚型の思考だからな」と良範。

「それは皮肉ですか。それとも褒め言葉ですか」とまんざらではない様子の良円。

「どちらともだと思ってくれ」

傍らにいた良泰は、分からない言葉が出てきてじれったくなり
「二人とも、わたしにも教えてくださいよ。さっき良円さんが言った『自然智宗』とか、良範さんが言った『秘密宗』って一体なんなのですか?」

「うむ、そうだな。どこから話そうかな」
「講義のときに老師も言われていたが、この国の仏教界は、土台から揺れ動いてきている、法(ダルマ)としては、必ず『唯識論』を基盤として進展してくるとな。どういうことかというと、唯識の学問的追及から、今度は唯識観法を体得するための仏教へと大変化するということだよ」

「実はな、勤操律師の師匠、道慈律師さまは善無畏三蔵という『秘密宗』の導師から教えを受けたんだが、そのときに天竺(インド)の『瑜伽経(ヨーガスートラ)』というものも教授されたという。この瑜伽経には、具体的な観心・観法の階梯や技法が書かれてあるという。天竺の波丹砂理尊者の作だというが、厳密には仏教の経典ではない。しかし、仏教の方法が流れているという。わしもその伝を受けたんだが、次のようなものだ」
「およそ修道者の階梯は、八段階あり、制戒・内制・座法・調息・制感・凝念・禅定・三昧だ。制戒と内制が仏教の『戒学』、座法から禅定までが『定学』、三昧が『慧学』ということになる。唯識の学を基にした観心の法(観法)は、この三昧(三摩地・サマーディ・さんまい)ということになろう。但し瑜伽経と、唯識観法は見解の土台が違うので、内証(さとり)に相違があるのだが・・・」
「仏教では伝統的に、心を集中することを『止(シャマタ)』と呼んだ。その止を保ったまま諸相の実相を悟る法を『観(ビバシャナ)』と言ったのだな。おぬしたちもそのくらいは知っているだろう。法相の依経・解深密経の第六章『分別瑜伽品』では、止心・観察を詳しく説いている。瑜伽行派とは、この『止観の法』を修行していた学派だと言えるのだ」
ここまで良範は一気呵成に話した。

「良範さん、あなたはやはりさすがだ。そのさすがの人であるあなたが、そこまで分っていてどうして『自然智』なるものを求める『自然智宗徒』などと交わるのですか。いつでも世を恨み、ひねている徒輩がいるが、国の指定した学問所で修学できない者は、落後者だと思うし、そういう連中に最新の仏法など体得できるのでしょうかね。甚だ疑問だな。わたしは『アビダツマ倶舎論』における精緻な分析によって仏の道の真中を歩めると信じますがね・・」
「それに、その瑜伽経の説ですか、あるいは最新の観心の法にしても、そんなものは『アビダツマ』に詳細に説かれていますよ。瑜伽師ということを倶舎論でも説いています。法の一例として『骨鎖観』というものを説いている。三段階に観法を分けて、まず自他差別なく老若男女が不浄であると思う。最後は骨などに過ぎぬことを、身体の部分など観想してゆく。さらに身体の範囲を狭くし、あるいは全てのものまで無常であることを想う。第二第三段階では、意志的な努力をしないで、観じることを修める。さらに額の一点に集中しただけで、同じように成れるようにする。これを『止・観』の法と言わずして何をか言うのですか。このような修道をした人を瑜伽師といい、ずっと伝統的に存在していたのです。何もいまさら新しい『止・観』の法など必要ないでしょう」

「良円さん、そのあたらしい法を知っているんですか?なにか聞いたことがあるからそういうのでしょう。何なのですか?教えて下さい」

「良泰、おまえ道がそれるぞ。興味本位で近づいたり、縁ができるとロクなことがないぞ。でもそんなに知りたいのなら教えてやろう」
「秘密宗、否、『自然智宗』を名乗る連中は、どうやら『虚空蔵菩薩求聞持法』をやっているらしい」

「えっ、虚空蔵菩薩求聞持法!?」
この法の名前を聞いただけで、良泰の心の何かが大きく動いた。


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。


解説 八宗綱要(14)【自然智宗と秘密宗?】

なぜいま自然智宗と秘密宗なのか?

勤操律師と『天竺直説の観心の法』これに興味を持たぬ者はいない。先の勤操律師は良義僧都の推薦により、良円・良泰とも講義後に別室で会うことになっていたのである。だが、良泰がどこかに消えてしまったので、良範に伴われて良円のみ会うことが叶ったのである。

「・・しかし、おまえは何と言うか、間の悪いヤツだな。勤操様もおまえが来ないことを随分気にしておられたぞ」良円は勤操律師が良泰に興味を持っていることを早くも感じ取っていた。

「どうして、きちんと捜してくれなかったんですか」と良泰は逆切れの模様。

「・・次の機会もあるだろうし、それこそ『徳』次第だな。そんなことで後ろ髪を引かれちゃいかんぞ。我々坊主は、髪の毛がないのだから、引かれようがないのだからな。はははは」良範は相変わらずの洒落を言うが、二人ともニコリともしない。

「良範さん、どうして得度もしていないあなたが、あんな賓客の席にいて、さらには高級な僧衣など着くしているのですか?どういうわけなんですか?」

「そうです、良円さんの言うとおりですよ。わけを聞かせてください。良範さんは、この寺では落伍者の沙弥ということになっているじゃないですか。いいかげん隠さないで教えてくださいよ」

「うむ、そうだな」そう言って良範はめずらしく威儀を正す。
「・・・老師も言われていたが、いま我が国の仏教界は大変な激動期を迎えつつある。それは日々激しくなっているんだ」

「そのことに関連した話をわたしも聞いていますよ。アビダツマの学修を他寺で聴講する許可を得ているので、大徳方から親しく聞いています」

「おまえは学碩としての素質があるから学匠の大徳から可愛がられるだろうからな」

「良円さん、そうなんですか?奈良の都は混乱しているのですか?」良泰は子供だから何にも知らない。

「バカだなおまえは、帝も都も磐石だよ。新しい仏教の風が吹き出しているということだよ」

「まあ、良円そう人のことをバカと言いなさんな。知らなかったことも、知らないと認めて、学習すれば知ったことになろう。要は、知らないことを認めたあとの態度が肝心だろ」

「まあ、そうですが、はぐらかさないで先の一件についてどうなんですか」良円はなかなかしつこい男である。講義の時からそのことがずっと気になっていたのかもしれない。

「・・・実はな、おれは既に得度も果たしているのだ。ここでは落第生で通しているがな。これは老師からの要請なのだ。仏教界の変動、ここに関わるのはやはり人だ。その中でも、あの勤操律師という方は大きな役目を果たされると老師は思ったのだ。老師の先輩スジの方だということも幸いして、わしはあの一門に入って修道しているのだ」
思わぬ話に二人は息を呑む。

「・・・勤操律師の師匠のお一人が道慈さまであり、道慈さまの師匠が善無畏三蔵さまという天竺(インド)から来た秘密宗の人師だ。先の『観心の法』は此の法脈からきているんだ」

「おれはさる宗派の僧綱から『年分度者』に推されてな・・・。困ったことになったんだが、律師のお陰でなんとか大丈夫だった」

良円は、もう眼が回りそうだ。それはそうだ。良円がこの道に入ったのは単なる信仰ではなく、立身出世して貴族に復し、高軒寵過の家門を輝かせんが為だからだ。『年分度者』推薦はそれは夢だった。それをこの坊主は断ったと・・。

「どういうことですか!良範さん、今度という今度は容赦しませんよ。人をなめるものいいかげんにしてください。『年分度者』推薦を断ったって、これは他人事じゃない!」凄い剣幕だ。

「そりゃあ、他人事だろう。おまえの身内のことではないだろうよ」

「『年分度者』といえば親戚みたいなもんです」

「おいおい、勘弁してくれよ」

「で、良範さんどうして老師の要請でそこにゆくんですか?」良泰は助け舟をだす。

「唯識論に描かれている世界を実現するためだ。それこそがこれからの仏教の中心になるからだ。唯識学中心から実践篇へ移行しているのだ。そこにこの国と帝・重臣の希求があるのだ」

「・・・その鍵を勤操律師の系統の『自然智宗』が握るというんですか?」
良円はズバリ言ってのけた。

「そうだ。自然智を得る道、そして『秘密宗』こそが、次の時代の鍵を握るのだ」


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。 

解説 八宗綱要(13)【勤操律師 =天竺直説の観心の法=】

『天竺直説の観心の法』

さて、いよいよ『成唯識論』の講義が始まった。例の三人も聴講している。これは翌月のことである。だが、良範のいる場所がいつもと違う。彼は最前列で聞くようなことはなく、さりとて一番後ろにいるわけでもない。目立たない席にいるのが常だった。しかし、今日は賓客の席におり、少し衣も違う。目立つのは、その横に居られる老僧である。見方によれば、我が師、良義僧都よりも貫禄がある。一体誰なのであろうか?良泰はそう思った。しかし、いずれ分るのだろうとも思った。

「・・・では『成唯識論』の講義を行うことにする。まず講義に先だって『唯識論』の伝播について述べておこう」
「唯識説は、天竺の土着教である毘奴土教というものが復興する時代に説かれたものだという。我が仏祖のみ教えも現存はしていたのは当然じゃが、八万四千の法門は各学派に分れて発展していたのじゃ。仏教は『空の思想』を基盤としつつ、独特の『唯識論』を構築した。弥勒菩薩(マイトレーヤ)さま、無着(アサンガ)さま、世親(ヴァスバンドゥ)さまが現れ、体系化したのじゃ。那良奴駄僧院の学頭であった護法(ダルマパーラ)さまが緻密精細に発展させた。ダルマパーラ様に習ったのが玄奘三蔵様であり、天竺(インド)に足かけ5年居られたのじゃ。その三蔵法師(玄奘)さまが長安に戻り、唐に『唯識論』の真髄を伝えた、とこういうわけじゃな。我が国の伝承過程は以前に申した通りじゃ」

「・・・法隆寺、興福寺、薬師寺などが中心となり、この学は今日隆盛を極めておるのが現状じゃ。このことは、そちたちも知るところであろう。我が勝安寺も規模は小さくとも学問所としては善い寺との評価を受けておる」老師は少々自慢げであった。

「この『成唯識論』はその過程で集成されたものじゃ。天竺・唐国の叡智の結晶といってよい。じゃからして、そちたちも是をよく理解せんといかん」
「いま我が国の仏教界は、土台から揺れ動いてきている。そちたちには、まだ分らんだろうが確実に変化してきているのじゃ。じゃが、法(ダルマ)としては、必ず『唯識論』を基盤として進展してくることは、ほぼ間違いないのじゃ・・・」

老師は一体何をいわれているのだろうか?良泰はそう思った。横にいる良円をみると腕を組んで瞑目し何かを考えているのが分る。敏感な者は肌でひしひしと感じているのだった。それにあの老僧・・・。

「おぉ、今日は大切な賓客をお迎えしておる。僧階はわしよりも下位ではあるが大変な御方じゃ。実際にはご自分で昇進をお断りになっておられる。『観心の法』の修行一筋であり、同時に大学匠でもある。天竺(インド)直説の『観心の法』を伝承されておられる類い稀な人師(にんじ)じゃ」

「・・・律師様、どうぞこちらへ。律師というのは僧侶でも最下位の僧階であるが、そういうことは悟りとは関係がない。まして三界の大導師であるか否かは、僧階などとは一致しない。さあ、律師様みなのものにひと言、佛縁(えにし)を与えてあげてください」
学問に厳しい良義僧都が、こうまで認めている勤操律師(ごんそうりっし)とはどういう方なのか?老師はまさしく平身低頭である。こんなお姿は見たことがない。

「わたしは勤操(ごんそう)、みな律師とか律師様とか呼んでいる。良義殿から、天竺の『観心の法』を伝えているとご紹介頂いたが、まさしく其の法を修めることを大眼目としている。唯識・中観を修めてこそ、この法(ダルマ)を体得することができよう。ここにおわす諸兄・衆僧には大いに期待している・・」
その声は凛々と響き、良泰はじめ若い僧たちの胸に突き刺さった。

「では講義に移る・・・」老師はそう言われて『成唯識論』の講本を開いて、おおまかな結構(けっこう)を説かれたのだが、良泰はもう耳には何も入らなかった。『天竺直説の観心の法』、この一言で参ってしまったのである。

講義の後、一人でぼんやりしていると、そのうちに庵の小屋に良範、良円が入ってきた。
「・・・おぬし何をしている。捜したんだぞ・・・」心配そうに二人は良泰の顔をみる。

突然、良泰は「ああ、驚いたな、もう!」いきなり大声をあげた。二人が小屋に入ってきたのが分らなかったのである。「いきなり大声出しおって、驚いたのはこっちだ!」と良円。


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。 

解説 八宗綱要(12)【瞑想談義 =弥勒の降臨説法の罠=】

弥勒降臨の罠

・・・早足で良泰は庵に戻る。此処は静かなので思索するには好都合だ。
はやく一人になりたかった良泰である。良泰は思う。人はほんとうにおせっかいで、且つ孤独が嫌いである。特にこの国の人間はそういう傾向がある。それでは、本当の思考の飛躍と言うものはないのではないか?仏道修行者は、もっと孤独を愛するべきだと。そんなことを思っていると例の声がした。

「おい、良泰はおるか」
声の主は良範であった。

「おぬし、先の老師のお話を聞いて何か思うところがあるんだろう。いや、おぼろげながらかもしれんが、なにか心の琴線に引っかかるものがあったんとちがうか?」

「いえ、まあそういうわけではないのですが・・・」
「そんなことよりも、老師の言われた弥勒様の降臨説法のお話、良範さんはどう考えているのですか?」

「考えるも何も、師匠の言われたことなんだから、そうなんですねと聞くだけだよ」

「その物言いは気障ですよ。俺は事実を知っているぞ、と顔に書いてありますよ」

「・・・そうかぁ。まあ、あれだろう、アサンガ様(無着)が弥勒菩薩の悟りを充分に観じて、その三昧に入って説法したんだろうよ・・・」良範はわざと乱暴に言う。

「そ、そうですかねぇ」

「そうですかねぇって、じゃあ、おぬしはどう思うんだ。自分の意見を言ってみろ」

「弥勒降臨は、実際にあったことなんですよ。アサンガ様は、ある種の『観心の法』によって、弥勒変化・弥勒現身を実現したのではないかと思うのです。そもそも、瑜伽行を弥勒様もアサンガ様も修行されていたのであり、瑜伽とは天竺語(梵語)の『ヨーガ』だと伺っております。天竺人(インド人)から直接教授を受けた道慈さまから老師は聞いたと以前にお聞きしました。すなわちヨーガとは主体と客体を一つにすること、その究極を『三摩地(サマーディ)と呼ぶのだと・・・。」
「アサンガ様は、弥勒の三昧に入って説法したのではなく、完全に弥勒菩薩に成ったのではないですか?」

「うーむ」
良範は凝然と虚空を睨む。

「で、それだけか?」

「えっ」

「それだけかと、聞いているんだ」

「・・・」

良範は鋭い眼で、射るような眼光で、良泰に言う。
「おぬし、いいか、そのことはまだ誰にも言うなよ」
「そのおぬしの考えは、いいところはついてはいるが、完全ではないのだ。あの弥勒降臨伝説には罠があるんだ」
「その意味はさらに修学し、修行を積んでゆけば分かる。おぬしは『法相唯識』を中心にして『三論・中観』を学ぶんだ。さらに『華厳経』だ。俺はそのことが言いたかったんだ」

「良円さんは、律学をよくやって、アビダツマをやれというんですが・・・」

「やつらしいな。アビダツマな。『倶舎論』だな。梵語では『アビダルマコーシャ』だ。『唯識3年、倶舎8年』と言うからな。ヤツはあれでいいんだ。しかし、おぬしはおれの言う通りにやれ。このことは既に老師に言ってある」

一体、この人(良範)と良義老師は日頃何を話しているのだろう?どういうことなのだろうか?と良泰は思うのであった。


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。 

解説 八宗綱要(11)【マイトレーヤ菩薩の瑜伽師地論】

弥勒降臨のこと

「・・・さて、講義の続きじゃ。
瑜伽師地論の冒頭の大意を申しておらなんだな。この論書は、次のようなことを言うておる」

「まず、原文を読んでみようかのう・・・。

爾のとき父母の貪愛倶に極まって、最後に決定して、各々一滴の濃厚の精血を出す、二滴和合して母胎の中に住し、合して一段と為る。猶おし熟乳凝結の時の如し。当に此の処に於て一切の種子を持ち、異熟性に摂められ、執受の所依たる阿頼耶識和合し依託するなり。云何んが和合して依託するや。謂わく此の出だす所の濃厚の精血合して一段と成り、顛倒の縁と中有倶に滅す。滅と同時に即ち、一切種子識の功能力に由るが故に、余の微細の根および大種ありて、和合して生ず。及び余の有根の同分は精血和合して博生す。此の時の中に於て、識すでに住して結生相続すと説く。即ち此れを名けて羯羅藍の位と為す

とな。」

「・・・大意を申すとな。こうじゃ。

人間がまさに死するときに、過去の輪廻に於いて長い間経験され蓄積された『我愛』が現起し、その力により促されて自己に愛着・執着し、無始無終に続いてきた、戯論(けろん)と善業悪業により、中有を形成する。その中有が次に生まれるべき処・縁を求めて、やがて母体に入り、ここで父母の精子が結合する時、中有は滅して同時に生有が生じ、一切の種子たるアーラヤ識がこれに結合して、精子は成長し、胎児を形成し、出生に至るのである。

こういうことじゃ」

「先ずな、この『瑜伽師地論』は誰の手により成ったものかじゃ。これは皆すでに知っている、弥勒菩薩(マイトレーヤ)さまのご著作である。弥勒様は、無着(アサンガ)様、世親(ヴァスヴァンドゥ)様の先生に当たる方じゃ。吾が法相の教えの根本経典は『解深密経』だが、この経を『瑜伽了義の教』というのじゃ。『瑜伽師地論』をば『瑜伽了義の法』というのじゃ。このことをな分かっておらんと仏道の修行が単なる学問の対象になってしまう。よく記憶しておくようにな」

「法相宗は唐において起こった宗旨じゃ。彼の玄奘三蔵さまが初祖であり、天竺(インド)にて学んだ。そのお弟子の窺基さまが、開祖ということになっておる。我が国からは玄奘三蔵さまから道昭様が直接教授を受け、さらに智通さま智達さまらが唐へ渡り修学されたのじゃ。我らの先師先達は、そういう偉大な仏法の学碩なのじゃ。これは仏者として大いに誇れるものだと言ってよい」

「先の『了義』という字句じゃが、これは『その意味が完全に解明されたもの』という意味じゃ。これに対して『未了義』というのは『その意味がいまだに解明されていないもの』ということじゃ。同じ仏教経典にも『了義・未了義』があるのじゃ。善いかな」

「・・・実のところ『瑜伽師地論』は、それまでの瑜伽師たちの説を集大成したものとされておる。瑜伽師とは、唐の法相宗徒以前の天竺(インド)の唯識論修学者のことであり、彼ら瑜伽師のことをまとめて瑜伽唯識派・瑜伽行派というのだ。この論は成仏に至る17の階梯(地)を示すゆえに『十七地論』と呼ばれたんじゃよ」

「・・・詳しい解説は、唯識論と中観を学んでからとするが、一つ大切なことを申しておく」
老師は、講釈をやめて堂内を一度くまなく見渡してから、こう言った。
「よいか、肝心なのは、弥勒さまの降臨説法の伝説じゃ」
「知っている者はすでに知っていよう。この『瑜伽師地論』は、アサンガ様がその神通により兜率天(とそつてん・としたてん)に行き弥勒菩薩さまから教えを受け、さらに弥勒さまに御降臨を願った。その願いを聞き入れ弥勒様は人々の前に姿を現し説法した。それがこの論書である。だが、その場に居たものは、みな弥勒様の説法を聞いただけであり、声だけしか聞こえなかった。大光明を放って度々降臨したという。また菩薩に近づくことができ、見ることができたのはアサンガ様だけであったというのじゃ・・・」

僧の一人が手を上げた。
「はい、老師。そのお話は以前にお聞きし、これは『瑜伽師地論』を権威付けるための比喩なのではないかと思っていました。アサンガ様が、弥勒菩薩が説法していると思ってお聞きなさいという事実が後代にこのような伝説になったのではないかと・・・。老師がここの部分をことさら直指した意義・意味がわかりません・・・」

「まあ、そうじゃろうのう。弥勒伝説を知っておる者は大体同じ意見・見解を持つだろうな。それが精神の健全というものかもしれんな。だがじゃ、この論書の本文からくる生々しさは拭う事はできないのじゃよ。わしは是れを『弥勒菩薩降臨・弥勒現身説法の問題』と定義しておるのじゃ」
老師は水壺から碗に水を注ぎ、ゴクゴクっと飲んだ。

「・・・では、今日はこれまで」
老師もお疲れのご様子だ。そして退席されるときに、良範の眼をちらりと見た。

良範のほうは、良円・良泰の顔を覗った・・・。


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。


解説 八宗綱要(10)【三劫成仏とは是れ如何に】


2月12日(日)の滝行における川島金山
第七末那識「四我」の浄化の観法(瞑想)に入る

三大阿僧祇劫の修行

良範、良円、良泰の三人は、小屋の庵にゆき次の講義の時刻が来るまで、少しだけ先ほどの論議の続きをした。

「・・・良泰、おまえ良範さんのお陰で恥をかかずにすんだな」

「いえいえ、わたしも良円さんと徹底的にやりあう覚悟でしたよ」
良泰も負けてはいない。

「まあな、わしも乱暴に小噺でもってまとめてしまったが、老師が眼で合図をなされたので、ああしたまでだ。二人とも恨みっこなしだぞ。だが、この奈良の都の真ん中をおさめている仏教も、唐の都の仏法も、釈迦如来の天竺のダルマも、ゆきつく先にはおぬしらの先の論議に帰着するのだ。仏教がいかに成仏の階梯を考えるのか、ということだな」

「・・・ところで良泰はまさか『五性各別』を知らぬことはないだろうな」
と良範は念のため確認する。良泰は頷いた。
「じゃあ、説明してみろ」

「はい、それは法相の根幹の教えですから・・。要するに我々凡夫は三大阿僧祇劫(さんだいあそうぎこう)の歳月をかけて修行し、ようやく仏陀に成れるというものですよね。三大阿僧祇劫とは、三十数億年という程の意味になります・・」

「・・わたしたちは52位の修行を証得しなければ仏にはなれない。まず十地の前の菩薩として、十信・十住・十行・十回向の四十種の修行をし、ようやくそれを終えて『十地の菩薩』の修行に入る。十地とは、歓喜地・離垢地・発光地・焔慧地・極難勝地・現前地・遠行地・不動地・善慧地・法雲地です。この十地の聖行が成就してはじめて等覚地に到達し、次いで妙覚地になり、遂には仏果(仏陀になる)を得る・・」

「・・経典では、はじめの菩薩の修行(40位)に一大劫というように、各位の修行で時間が設定されていますから、合計で三大阿僧祇劫ということになります。どのくらいの時間かと言うと、いろいろな譬えがありますが、例えば四方40キロメートルの巨大な岩石の山があるとします。この岩の上に100年に一度、浄居天の天女が舞い降りてくる。そしてその天女が岩を羽衣の袖で一度だけ岩を払う。この繰り返しで巨大な岩が無くなる。これが一大阿僧祇劫(1大カルパ)という単位です・・」

「・・成仏(仏陀に成る)にはそれほどの時間をかけて修行するということです。これを三大阿僧祇劫成仏』ということで略して『三劫成仏(さんごうじょうぶつ)』というわけです。我が国のこの奈良の都の仏教はすべてこの説に立脚しています。釈迦如来は、遥かなる時間をかけて、菩薩の修行をすべて果たし仏さまになったのだと。法相ではこれを、資量位・加行位・通達位・修習位・究竟位の五種五位の修行とし、内観の観行として、五重唯識観法をするということになっています・・」

「・・この五種が五性各別になってゆくわけです。菩薩定性の者は、菩薩に自ずからなってゆくわけで、最後には仏の位にまで成れる。無性の者などは、どうやってもあらゆる仏果を得られない。道に入ることすらできないとするわけです。」

「・・・で良泰、おぬしはアーラヤの性質を考えた上で、自分なりに考えて人間が成仏する可能性をアーラヤの性質の上に見出したというのだな」

「いえ、完全にわかったわけではありませんし、あくまで理詰めで稚拙な考えです」

「そりゃあ、稚拙も稚拙だな。良泰おまえの唯識の知識など赤子同然だ」
もう、我慢できないという顔で良円は吐き捨てる。

「良円、そうも言ったもんじゃないよ。おぬしは法相やアビダツマをよく勉強しているから、教学的にはしっかりしている。だが、物事にはそれを越えてゆくものもあるんじゃないか?」

「そうですかね。仏法においては全て天竺(インド)所伝であるのが建前です。日本がすばらしい国だからって、日本で発生した仏の教えなんてありえないですよ。そんなものは、それこそ仏魔です」

「まあ、良泰のアーラヤに『明』を観じるという珍説も何かのヒントになるかもしれん。老師だっていい線をいっていると、言われていたろう」
なるほど良範は大人だ。

「老師は若い者の意欲について随喜しただけとわたしは思っていますよ」
「ふんっ」
お話にならんという時の良円の癖だ。

「・・・良泰、おまえの言っている趣旨は理解しているつもりだ。おれもそれは以前にちょっと考えた事があるのだ。だが、それは無理なんだよ。あくまでも理屈なんだよ」

「良円さん、どうしてですか?」

「どうしてって、おまえなぁ、そもそも仏陀について一体何を知っているんだ。精々、仏像の形と多少の教えだろう。仏の知恵や精神性を我々が理解できるか。アーラヤに観じるってどうやって仏陀の性質すべてを投影させるんだ。性質が分っていたら、もうすでに仏に成っているのだから、そんなことをする必要があるまい。鳥は空を飛ぶが、鳥をいくら瞑想したって、人間が鳥には成れんだろう。そんな考えはそれをこそ瞑想ではなくて迷走というんだ。しっかりしろ、良泰」

「良泰、そもそもおまえ自分が仏陀に成れるような人間か?」

「良円さん、それは論の外だと思うな」

「論の外ではないぞ。現実だろう」

その時に勤行の開始を知らせる鐘が鳴った。
「・・・まあ、それまでだ。そろそろゆこう。老師の講義だ。続きは、またにしよう」良範がそう言った。


※この物語は仏教的小説であります。『八宗綱要』を元にして、清涼殿に於ける帝の御前での仏教論議を通じて仏教の教理を理解していただく為に書き下ろしたものです。 


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