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  • 2012.12.01 Saturday
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改訂版 浅草観音の御降臨【四万六千日の大功徳日】

浅草観音の御降臨【四万六千日の大功徳日】

7月10日の浅草観音様の大功徳日。ほんとうにありがたい日です。

観音様のエネルギーで境内の中が満ち溢れます。

「ほうずき市」は、「法好き」ということであり、仏法の真ん中は慈悲であり菩提心なので、これが各々の人間の心に着くということ、これが「法付き」意味である。

同行者に美奈子ちゃんがおり、彼女はインド占星術の大家でもあるが、次のようなことを述べていた。

「今日の浅草観音に来る人の数は凄い!これだけ人が集まるということは、何かがあるんだよ・・・!」と。

これは、その通りご名答なのである。その何かの正体は、ダイダラボッチのような巨大な存在、関東全体の大司命ウブスナ神のような存在なのである。(※東京スカイツリーの5倍くらい)

市が立つのは、女神の場合が多い。

町全体を巻き込んだ、この巨大なエネルギーに同調して祈ることは、とても功徳があるのです!

先祖から来ているご縁を結ぶというのも功徳の一つです。
(※先祖からの借りを返す縁も含み、遠い縁を結ぶ功徳のこと)





 

 
(浅草寺観音功徳日・参拝の写真いろいろ)

祝 女児の誕生!【西王金母大仙の御縁日】(改定版)

9月9日(金)は、60日毎に巡ってくる西王金母大仙の御縁日です。

この日に、我が会に御来臨される三体目の太真西王母・須世理比売命(すせりひめのみこと)様の御尊像を開眼する予定でした。いまは少し事情が変わりました。

しかし、御尊像は確かに我が会のものとして手配は済んでおり、現在、輸送中であります。9月9日には道場に到着することになります。

我孫子カイロセンターの庄田先生の御報告によりますと、日本に送付するために、元部下の方が郵便局をいろいろと廻ってくださり、郵送の手配が済んだようです。来週早々に到着する運びです。(9月1日現在)

※9月9日(金)は御縁日の祈願会を行います。御尊像を三体安置して行います。開眼法要は11月8日(火)の『大司命節・最終結願日』に執り行います。

11月8日は、大司命節(1ヶ月にわたり幽政の秘機が行われる運命改定の期間)の最終日であり、このことは奇しき因縁と呼ぶよりほか言いようがありません。

いずれにしましても、今後は60日毎に巡ってくる、丁卯(ひのとうさぎ)の日に、西王金母大仙の御縁日祈願祭を行うことに致しました。ですから、9日9日(金)には、安置祈願法要をしますので、ご理解のほどよろしくお願いします。

皆さんで、三体目の御尊像が無事に来られ、ご神力を発揮していただけるようにお祈りをしましょう。神界に感通するための秘詞を受けている方は、その秘詞をもって祈ってください。これはわたくしたちの為すべき修道の一つであります。神界の御用を勤めることのできる喜びを噛みしめながら、ひとつ大いに祈念してみてください。

一連の出来事が現在進行形で動いている今だからこそ、御用の祈りができるのです。1年後ならば、ご縁がないわけです。

最後に・・・
庄田先生の元部下の方でしょうか、西王母ご尊像を自宅に持ち帰ると、ほどなく女児が誕生されたそうです。誕生日は8月26日。下の写真が、その赤ちゃんです。可愛いですね。西王金母さまも美しいお顔をされています。別名:王母娘娘(ワンムーニャンニャン)と言います。

西王金母尊像と新生児(女児)


おもいつれづれ【生きていてこそ ー終戦記念日にー】

わたしは終戦記念日というと、必ず言うことがある。終戦ではない、敗戦なのだと。敗戦記念日というのが、本当の言い方であると思う。

かつて欧米相手に日本は戦争を開始した。始める決断をしたのは、それを決めた会議に出たメンバーである。だが、そこの部分が彼らの子孫・残された日本人には、正確に伝達されていないのである。だから、どのようにして、どうして戦争が始まったか分らない。どのようなことがあって戦争が終結したのかも分らないのである。

後に残ったものは、実に不幸だ。土台となる正確な情報がないのだから、論議したり、反省することができない。それができないのに、誇りも何もない。

わたしは、これは日本人の悪い点の表れであると思う。

死ぬ、ということも、そうだ。 そういう問題を避けようとする。目を逸らそうとするのである。年をとったら死ぬのは当たり前なのに。若くても死ぬことはある。生きているのだから、死ぬのは当たり前だ。だが、掘り下げることはしないのである。

生を活かすために、平和を保つために、なぜ問題を掘り下げないのか?まったく不思議だ。闇の部分や陰の部分にこそ、問題の本質があるのだと思う。死を考えることで生は活き、戦争やエゴを掘り下げることで平和に近づく、のにである。

昨日、大山に登拝したが、その時に「山ボーイ・山ガール」が何組かいた。恰好ばかり一人前でマナーがなっていない。途中下山で何しに来たのか分からない。

山頂につくと、様々な人々がいたけれども、奥の院・上社を礼している者などいないのである。

歴史的の事実を土台にして考えるということもなければ、敬虔な信仰もない、日本人はいつしかこういう民族になってしまったのである。

腰が弱いので、粘りがない。頭も単純で、島国根性だ。

だが、あらゆることで「型」をつくり、継続保存・工夫していく力は抜群である。細かい自治のルールが確立している。キレイ好きである。

わたしは、日本の将来は、まだまだあるとみている。正しい情報を得て、自ら考えるということが当たり前に出来るようになってゆけば、日本は立派に甦ると思う。

良くないのは、馬鹿な財閥の末裔や餓鬼の如き資産家、政治家の二世三世、悪徳不正官僚だ。こういう連中は変わらないと思うし、いつの世でも全部が消えることはない。

大切なことは、ルールを作ってゆくこと、情報の透明性だ。だが一番愚かなのは、やはり国民であると思う。

今年は終戦番組が多いように思う。良いことだと思う。過去を考え、少しでも賢くなる、縁(よすが)になるだろうから。

今朝、霊夢を見た。わたしの師匠のラマ(和尚)の一人の内弟子が出てくる内容だ。わたしは、その内弟子にこう言った。「やはり加行(グンドー)のお経をお唱えするのが一番ですね」と。彼も「そうですね」と言っていた。

昼間、突然携帯メールが来た。これは夢ではなく本当のお話だ。例の師匠がアメリカで倒れたのである。お年寄りなので仕方がない。そして、内弟子たちより、お経や真言(マントラ)をたくさん唱えてくださいとあった。病気平癒祈願ということだろう。

そのラマとは、もう25年以上の付き合いだ。やはり、どこかでつながっているのだなと思う。現実よりも先に分っているのだから。しかし、諸行無常、生は儚いものです。

町田の仲見世通り

今日、サイクリングをし、町田のほうに行った。わたしのお盆休みも終わりだ。町田に、九龍城のような、仲見世商店街がある。入口付近に、焼き小籠包の小さな店があり、いつもお客さんがいる。相当美味いらしい。あちこちみて廻り、楽しんだ。

帰り道、とても綺麗な夕焼けを見た。その時に、わたしは、率直に『生きていてこそ』だなと思った。

幽真界研究(あの世の研究)をしていて分ることは、人間界には相当の自由があるということである。時間・空間などの制約はどうにもならないが、苦を糧とし、楽を味わい、思考・思索する自由がある。他の世界には、こういう自由や可能性はないのである。

皆さん、人生の時間を大切に、ご縁を大切に、自由と責任を大切に、たのしくお過ごしください。心から、そう思います。そして、無数の先人・親ご先祖に手を合わせましょう。

6月23日【沖縄戦終戦記念日】

今日は『沖縄戦終戦記念日』だった。6月23日は、太平洋戦争(日米大戦)における、沖縄の終戦の日なのである。

このブログの読者の年齢は幅広く、比較的若い世代も多い。かつて沖縄がアメリカに占領され、日本の行政外にあったことを知らない人もいるであろう。

沖縄返還前夜、自動車は左側通行になる、とTVではさかんに放送していたのを記憶している。アメリカ管轄だったので車は右側通行であった。

わたしはその後、僧職・宗教者になり、激戦の地である、沖縄に何度も趣いた。衷心から沖縄に散った御魂をご供養した。

旧戦地には、ガマといって、一種の自然の洞穴があり、そこを避難の拠点にした。なるべく本土から米軍を遠ざけようと、軍も住民も南側に逃げたのである。そして終焉の地が、摩文仁の丘である。

沖縄戦終戦記念日は毎年摩文仁(まぶに)で行なわれるのである。

戦争の悲劇。島民60万人のうち20万人が戦没した。本土の犠牲になったのである。島民の三分の一が戦争で死んだのである。

有名な悲劇に「ひめゆり部隊」の話がある。もちろん何度もそこには行った。しかし、わたしの知る限りで最も悲劇的だったのは、「鉄血勤皇隊」の自爆だ。鉄血勤皇隊とは12歳くらいの児童に手榴弾を持たせて敵に自爆攻撃する部隊のことだ。実際に行なわれた作戦なのである。

実際に、ひめゆり部隊・鉄血勤皇隊の生き残りの方たちとお話しもした。

本土に生き、ぬくぬくと平和ボケしている我々も、時には沖縄に思いを馳せてもいいのではないか。

沖縄人は、本土の人間を「やまとんちゅう」という。沖縄地上戦において、多くの犠牲者を出したことを沖縄の方々は忘れてはいないのである。

摩文仁の丘の中腹に、沖縄戦を指揮した牛嶋中将自刃の地がある。さらにその下のほうの海岸付近には、水場があり、そこでは多くの兵隊や民間人が、アメリカ兵に狙い撃ちされた。

その場所に行くと、霊能力のない人間でも、死者の怨念が残っているのがわかる。

知り合った沖縄の子供のなかに、沖縄戦でなくなった方の魂を感じることがあった。強烈な意識が死の刹那にあった場合、その怨念により、再生(生まれ変わり)が、早くなるのであろうか?生まれ変わりというものは、そう滅多にあるものではない。

霊的な障害がある土地の浄化をせずに、その土地の繁栄はない。必ず結果には、相応した原因があるのである。それは必ずしも、物質的なものばかりではない。多くの土地の上に、霊的な障害を見るこの頃である。

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