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- 2012.12.01 Saturday
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霊光療法について赤塚先生から報告があった。この方は門人の一人である。
また健康線療法も、熱心に修業され、自分のものにしている方である。
健康線療法、霊光線療法共にさらに長足の進歩をみせることは疑いない。
治療における体験・報告など、いつも詳細に送ってくださる。ご縁のある方々に、笑顔をおくりたい。それが赤塚先生の心である。
以下に、赤塚先生が霊光療法について考えて、理解した内容をメールにて送ってこられた小文を載せることにする。
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川島先生
・・・・
(略)
昨日の帰りに見る夕日はやや霞がかかっており、太陽が淡い光とともにその姿を見る事が出来ました。太陽は天照大神であるならばその光は遍くその恩恵を届けてくれます。日向は勿論、日陰もそこは真の闇ではなく、間接的に光は届いているので明るいのです。
そんな恩恵を与えてくれる太陽=天照大神であるならば、私たちに一霊を授けていただける産土大神←大国主命←天照大神←天御中主と云う事で、最初からその光の力の片鱗が一霊に備わっている筈で、ならば知らず知らずのうちに呼吸するかのように、霊光も放つ事が出来るはずで、放っていると思うのです。
そしてその霊光は太陽の如く、遍く人さまの身体を照らしていくのだと思い当たりました。
今まで、気とは立ち上る湯気や揺らめく炎のようなものだと感じていました。しかし、先日霊光のお話しを聞くにつれて、気や霊光はパァッと速やかに照らす光だと観想しました。 すると、自分の気が自分を速やかに突き抜けて行くようになりました。それまでは、輻射熱の様にじんわり来ていたのですが...。 それで人さまに行っても明らかにその効果も変わってきました。
霊光とは改めて得るものではなく、もともと持っているものを改めて自覚することだと気がつきました。
この先、更に自覚して霊光を高めて行けると考えます。おかしな考えかもしれませぬが、今までお教えいただいた事からこう考えてみました。
長文、失礼いたしました。
赤塚 靖
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霊光療法ないし霊光線療法の「霊」というのは、霊気などのような気という考えではない。霊そのもの、それは発光体から出ているオーラ(霊光)のことを指している。霊とは、いつも言っているように「一霊四魂」の核みたいなものだ。
その「一霊」を人は、産土大神から賦与されている。人とは「霊止」、霊魂によって生きているというのが、その名称に含まれているのだ。
霊とは何か?それは光である。
次回は、そのことについてさらに述べよう。