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  • 2012.12.01 Saturday
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塩川大神のお導き【大弁財天が感応道交する】

【大弁財天の秘所に導かれる】



このところ毎週にわたり塩川の大滝にて滝行の修練をしている。

理由は二つある。(※これは今年の寒行の課題である)

一つは、主祭神の水霊総官に感応道交すること。

もう一つは、塩川大神に感応し、更に大弁財天(市杵島姫大神)の霊験(みたまのふゆ)を得る。

本日は、祭壇に「江の島弁財天 江の島神社」のお札を奉安した。

早朝の神拝の折、そうするように指示を感じたからである。

そのようなこともあり、突然だが、弁財天の秘奥の場所にゆくことにした。

不思議な御加護によって、導かれて無事に行くことができた。しかし、難所であり、季節的にも制限があると思う。

途中、美しい小鳥がわたしを導いてくれた。

すべての条件が重なりゆくことができ、さらに弁財天の御真言を上げることもできた。

これでさらに滝行の質が変わると思われる。

今後、真剣に取り組む直弟子たるものには、修道の真髄を仕込むつもりで教える。

滝行ひとつとっても、普通の滝行とは次元が違うものになる。ようやくこういうことを教えれるようになったのだと感じている。

吾が滝行は、巷間のものとは類を絶している。こういう手法はかつてはあったと思うが、今はどこにもない。自信をもって独特高度の秘術であることを断言する。

さらに恩頼(みたまのふゆ)は続く、今一つの霊地がある。その秘所へも御神霊はわたしを誘う。さらに弁財天の力が開陳されることになろう。


滝開き・江ノ島参拝【塩川大滝『音霊法の実施』】

滝開き・江ノ島参拝【塩川大滝『音霊法の実施』】 

本日は塩川大滝にて、滝行を行なう。

この滝は熊野那智権現になぞられている大滝だが、その実際の神力の根源は、江ノ島大弁財天にある。

すでにわたしが参詣したりして、ご縁を結んでいる。だから今回は、お滝をいただき、江ノ島に巡礼するわけである。

いつも通りにお滝の修行をする。気合法、鳥船行事などの禊ぎ法、密教的な修行、すべて簡潔にして簡易に網羅している。

だが、今日の修道で特筆すべきは、『音霊法(おんれいほう)』の実施である。

この法は、奇しびなる神法だ。

『みそぎ』というけれども、『耳削ぎ』という深い玄意も込められている。

鎮魂を為すのには、おそらくは最高の方法だと思う。

宇宙の最高根源神は『天之御中主太神(あめのみなかのぬしのおほかみ』だが、『御中(みなか)』を『御名(みな)』とも読むのである。

『名(な)』は音に通じる。しかし、『な』という音は、『土・土地』のことをもさすのだ。

「名主さん」とよくいうけれども、これは「その土地の主」ということである。

ともあれ、今シーズンの滝行は開始される。

本日は、また違う意味での『滝開き』なのである。
(※つまり『江ノ島大弁財天』に感応する行だということ)

※わたしが大いに変化進展するにつれて、立処の次元が変わるために、人とのご縁が変わってしまい、メンバーも少しずつ変化してきています。それもまた、神のお示しだと思います。しかし、『大金持ちになる楽行』をしておりましても、変わらず神事(かみごと)は続けてまいりたいと思います!

自らの霊統を知る(1)【産土の大神からの啓示!】


熊野大産土神に導かれて!


熊野新宮の神倉神社(コトビキ岩・御神体)

先月、わたしが巡礼にゆきましたことは、記事にしました。

わたしの産土神は、熊野大神であり、熊野に巡礼したわけです。(※熊野以外に三ヶ所巡礼す)

吾が産土神の社をみますと、そのご神名は明らかです。少し祭祀のされ方が違うので、大元がどこなのか明確に分かるわけです。

鎌倉時代のはじめ、吾が遠祖は、熊野新宮の地より、源頼朝の直参武将・土屋三郎(相模)の勧請に応じて、御神体と共に移住しました。

その祖先の「望郷の念」を、コトビキ岩(神倉神社)にて、はっきりと感得しました!

これには詳しい経緯、おもしろいお話があるのです・・・。

また、その奥義たる教えも、わたしの血を通じてもたらされました。こういう事もあるのですね。

いま本当に驚いています。

真の巡礼をしますと、必ず応験があります。一回で得られるとは限りませんし、何度にも分けて教えられるかもしれません。

それは千差満別ですね。

こうなってきますと、非常に強い霊力と導く力が出てくるわけです。

皆さんの上にも、こういう導きがあることを祈って止みません。

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(お知らせ)

来月、密教霊術の伝授会(合宿)がありますが、今後は「護身の法」「滝行法」「金剛の気合法」など、仲間内にしか教えません。

公開での募集は無しとします。わたしとコンタクトを取りたい方は、必ず操法施術の予約をして、面談の旨を事前に述べてから、ご来院いただきたいと思います。

いままで通りの付き合いの方は、随時、行事の予定をメールします。

改定版;新しき段階へ!【聖俗のバランスをとる】

いま現在、わたしは巡礼を行っています。

いままでの人生では、聖俗のバランスを欠いて生きてきたように思います。

いつもどちらかに偏っていた。これは偽らざる事実だと思います。

しかし、これからは違います。

昨年から今年の6月頃までは、密教者の専門家として生きてゆくことを目標にしていました。人生のあらたなる段階をそう企図していたのです。

ですが、弟子・門人のあり方や現代人の状況を見て、わたしが専門家になり身を粉にする必要はないと感じました。

専門的にやるだけの気根も心構えもないことを痛切に感じ、現代ではそれも止むを得ないことだ、そう感じました。

だから、わたしが出家してまで身を投ずる必要はない、世のため人のためになる生き方が別にあると思いました。

もちろん修行は続けてゆくし、密教も神事(かみごと)も展開してゆきます。

自由に、自分の気持ちの赴くままに、気の合う人とやってゆく、そう考えております。

いま、わたしは東京から遥か離れた地にて巡礼し、神仏のご用を果たしています。

密かに神仏のご用をし、ひしひしと神仏のお力を感じています。そして自分の魂を磨いているのです。

数日後、東京へ帰ると今度は仕事に全力を上げます。

大切なことは聖俗のバランスであるとつくづく思います。

「禊ぎ」とは「身を削ぐ(ダイエット)」ことであり、「身の回りの環境を整理(捨てる)」ことでもあります。今回の巡礼は、そのことが正しいことを教えてくれました。

これらのことは、吾が遠祖である「熊野の神々」が教えてくださいました。

俗で成功することは、聖なる行為を順調にする。聖なる行いを務めることは、俗事にも影響を及ぼし、順調にする。

聖俗のバランスをとって、豊かな人生を送る為には、それに相応した生き方がある。神事に従事するには、それ相応の生き方、生活パターンがあるということです。

貧乏で不幸な人生には、そういうパターンがあるのです。

いま、わたしはこの年齢になって初めて自分の為に生きようと本気で思っています。

これからは他人や世のためということを、自分の人生の局面の言い訳にはしないようにしよう、そう思っています。

だから、わたしは心も豊かになるし、大金持ちにもなるし、本当の意味で神仏のご用を果たしてゆく人間になると宣言しているのである。来週には帰京します。


川島金山


聖なる山へ【カイラス山へ 秘密の場所チュルン】


カイラス山北東面 やがて巡礼路から姿を消す

カイラス山は、標高6656メートル。

7千、8千メートル級の山々が踏破されているのに、この山を踏破したものはあまりいない。

ヒンズー教でもチベットの土着宗教ボン教でも、聖なる地とされている。

ヒンズー教では、シバ神が坐すといい、ボンポでは開祖のシェンラプが降臨した山とされているのだ。

インダス川上流に位置する。巡礼ルートは「チイコル」「パルコル」「ナンギイコル」という3種類がある。要するに小さく回る、大きく回るということである。しかし、そこにはルールがあり例えば、チイコルという一番外の巡礼コースを21回、回ったものだけが、中間のパルコルを許されるという。

このカイラスに「チュルン」という秘密の場所がある。

ここでアユ・カンドーという女性の大成就行者が3年間の修行をしたのである。

アユ・カンドーは115歳まで生きたゾクチェンの大成就者であり、わが師ナムカイノルブの師匠のお一人である。

死後に「虹の身体」を実現した方でもある。

わたし自身はこの成就者との因縁があり、この方から来ている法を大切に心の真ん中に置き修行を続けている。

もう14年も前になるだろうか。ゾクチェンの真髄の修行の伝授を受けた。この教えの相承にアユ・カンドーはいて、ナムカイノルブ師はカイラスに巡礼して、或る洞窟で小さな経典を発見し、その経典こそがアユ・カンドーが用いていたものであり、それをそのまま伝授してくださった。

以来わたしは、ひたすらこの経典の成就のためにゾクチェンの教えを意識していると言ってもよい。

そういうわけでいつの日にか、カイラスへの巡礼を果たしたいのである。

その聖なる場所、「チュルン」は、わたしの魂を呼び、巡礼を欲している。
 

改定版 高知巡礼叢談(4)【土佐 ものの怪 語り草】

高知巡礼叢談(4)【土佐 ものの怪 語り草】 


(高知土佐の夜明け・名勝 桂浜・浦戸龍王宮から撮影)

今回の高知の旅では、お世話になった(いつもさんざん御世話になっております)、松浦家のファミリーと会食交流ができました。

毎度毎度、大変お世話になり、いつも何のお礼もできず、同行者は皆、心苦しく感じていると思う。今回に限らず、高知の宿舎は松浦家の別宅であり、自家用車も融通無碍にお借りしてしまっている。松本君の自家用車とあわせて2台での移動だが、山道を走る都合上、仮にレンタカーを使用したのなら、全行程でどれくらいの費用がかかり、且つ車も傷だらけで、そのことを考えると計画は成立しないという算段がつく。

また安全性の確保や、天候における的確なアドバイス、これが一番の難関なのである。はっきり言って天気予報はあてにならない。松浦君のお父上は、この地域に子供頃に住んでいただけでなく、お仕事の都合上、高知の天気天候に精通している。

我々一行にとっては、最も力強いアドバイザーであり、よき相談者なのである。いい歳をした者達が、巡礼とか言って、山登りをする。普通ならば変人扱いだが、御子息との信頼関係があるので、わたくしたちを見守ってくださっている。いつも黙ってみている。けれども行動のおおよそを見当をつけておられて、それがまた決まって的確なのだ。これは常に驚くことだ。

今度、土佐高知にゆくときには、もう少し気のきいたおもてなしをしようと思う。先達のみんなと相談して、本当の意味でのお礼をしたいと思う。

現代であっても、善い状態でゆくことは困難なことをやっている。山の下の地域で晴れていても、山の上は曇りであり、頂上付近のみ雨、ということは少なくない。装備、決断、慎重さ、信仰心が要求されるのである。助けてくれるのは自分しかないのである。仲間のありがたさがよく分かるのが巡礼の功徳というものだ。

さて、先の松浦ファミリーとの親睦会だが、少々のお酒も入り、いろいろなお話を聞くことができた。

その中で、注目したのが、『山での奇怪な話』『(各種)妖怪・物の怪の話』『神社の火の玉』『うみ坊主』等々、もののけ話に花が咲いた。

殊に『しちにんみさき』の話は有名である。

長宗我部元親(ちょうそかべもとちか)の忠臣・吉良親実(きらちかざね)は君主の怒りをかい、小高坂(こだかさ)にて切腹を命じられた。天正16年10月4日のことである。親実は、つかいの者から君主の命を受けると、それまでさしていた囲碁を一局終わらせ、そして風呂に入り身を清めて、判膳を食し、切腹した。時に27歳であったという。腹真一文字にかき切り腸をつかみ出すところを、検使(けんし)の宿毛甚左衛門(すくもじんざえもん)が大刀を振りおろし介錯した。その後、親実の慕う者たち7人が次々と切腹させられた。この怨霊の一団が『しちにんみさき』であるという。本来は7人ではなく8人なのであるが・・・。

ここまでは、土佐でも普通に言い伝えられるお話だが、ここからが違う。

松浦君の母方のおじいさんの話で、海で何か火(火の粉?)のようなものがチラチラと見えるのだという。暗闇の向こうに見える。こちらに近づいてくる。これが『しちにんみさき』だというのである。

そこで一息咳払いをする、あるいはタバコを吸うのだという。そういうように一息入れることが大切で、怨霊は去ってゆくのだという。これは実際的な話で面白い。多くの有用なマジナイにこういう類のものがあるのである。

『うみ坊主(海坊主)』の話もあった。

『海坊主』はタコのようなものではなく、海の中でものすごく広い面積を持つを魔物であり、平らな状態でスゥーっと水面に浮きあがってきて、船を転覆させるそうである。

このことは東北などでも伝承されていて、近代の天台宗千日回峰行の先師・箱崎文応師も海坊主の遭難事故で多くの漁師仲間を失い、仏門に入ったことを生前話されている。
 

現実的な解釈もできるものであるが、それだけでは説明のつかないこともある。

朝4時半に深山に分け入り、真っ暗な中、少しばかり車中で待機したのだが、それは恐ろしかった。もしあの山道の向こうから何かが来たらどうしよう。そんな思いにかられるのだ。

わたくしも20代真っ暗な山に一人で入って修行したことしばしばであり、その時の恐怖はいまでも昨日のように憶えているが、土佐の山の深さは半端ではない。山の標高も高くて、底知れない凄味があるのだ。

それに今だから言えるが、気と言うのか、誰かが山の中から見ているという、目線・眼光をはっきり感じていた。それは野生の動物でもあるのだろうし、それだけではない気も感じていた。

わたし自身、霊境に行く途中の真っ暗な山道で、樵(きこり)の男たちのような、複数名の声を聞いた。

他には、庄田先生や松本君が、山頂にゆく途中で、誰もいないところから男性の読経する声を聞いている。

今回、わたくしは金剛鈴(行者鈴の代用)を腰にぶら下げた。やはり、山の修行では、行者鈴と法螺貝が必要である。法具というのは、昔から伝承されているものだが、やはり必要があって持参するもので、実際上の効果があるわけである。このほかには、金剛宝剣、鏡など持参するべき法具がある。

また女子についてだが、『変成男子』の秘法・『千手法』を受法する必要がある。少なくともこれを21日間(21座)行うことが重要なことである。

高知には、まだまだ手つかずの自然や美しい水がある。『ものの怪』たちも躍動している。この自然や山の信仰を日本の財産として遺してゆかねばならないと考えている。

最後になりますが、松浦家の御一同様、いつもほんとうにありがとうございます。心から御礼を申し上げます。

謹んで川島金山しるす

高知巡礼叢談(3)【大山祇大神との結縁成就す】

高知巡礼叢談(3)【大山祇大神との結縁成就す】大山祇神奉賛会の立会



 



この度の巡礼では、神秘の霊境との結縁が一番の眼目であったが、大山祇大神との直接的な結縁もあり、道福は多大なるものがあった。

山の神は、産神といい、ものを生み出すところの神である。同時に産神は「三神」に通じる。佛仙のほうでも、必ず本山は、閑寂な山系にあり、寺院の号には山号がついている。

「△△宗〇〇山××寺」という具合である。

山の最高神が大山祇大神であり、海の最高神が大綿積大神(おほわだづみのおほかみ)であるが、共に龍蛇体の大神である。祖神は、迦具土大神ということになる。

大綿積大神は、豊玉彦大神であり、三柱の神の総体をいうのである。

また、谷などの大神こそ霊境におわす大龍蛇体の神祇である。

山・海・谷川それぞれに龍蛇体の大神がいるということなのだ。

その中でも大山祇大神は特筆される。この神との結縁によって正神界とのむすびつきが得られるからである。

今回、この神との結縁により、物理現象を伴う、摩訶不思議な出来事があった。神霊現象と言ってよいであろう。詳細は、このようなブログ記事上では、披瀝することはできない。わたくしが直接お話しする機会に接するよりほかないであろう。

「神真感応」の秘伝をもって、山上の各御社を丁寧に拝礼した。この山上巡礼は修道になっており、実に不可思議な効能がある。山の神や関係ある、神々・大神仙と感応があることはもちもんのこと、『成仙』必須の威力を備えている。このことはわたくしから口伝で教授されるよりほか掴むことはできないであろう。

今回の同行者全員、風速15メートル前後にもかかわらず、よくぞ断崖の鎖場をよじ登った。

我々は、すごい風の中、山々に気合法でもって祈り、見事に活路を開いた。山の神は、命がけの本気の気合を受け取ってくださったのである。

『自然智の会・大山祇神奉賛会』の立ち上げである。
山の修行を志すものや、立会の趣旨に賛同した方は、是非ともこの講組織に入講していただきたいと思う。
 

高知巡礼叢談(2)【大龍蛇體(オロチ)が感応する】

高知巡礼叢談(2)【大龍蛇體(オロチ)が感応する】




 
 

大きな巌が2体ある。美しいブルーをたたえた川の流水にどっしり腰をおろしている。誰がどう見ても普通の石には見えない。中腹のところに祠が祀られている。2つの巌に祠がある。

1つは男神、もう1つは女神のものだと見当がつく。源流から此処までは相当な距離がある。ここの主の大神の分社なのだが、範囲は極めて広い。

わたしたちは、早朝太陽が上がってからも趣いたのだが、主に未明に此処を訪れた。午前1時〜1時半には起床し、午前2時〜2時半に宿舎(道場)を出た。誰も走っていない街道を山中にむけて、ひた走りに走る。誰にも会わない。細い河川に沿った道路を1時間強ゆくと此の場所に着く。

ヘッドライトをつけて、お酒やらを手早く奉献する。

その昔であれば、たしかに何かの異形のものが出現してもおかしくない。そんな霊気の漂う山の奥深くなのである。地元の者がいなければ、この辺の道を開発して、一つの順序を勘案して、修道することは不可能である。第一、拝礼する方法を知らなければ行っても意味がない。すべての細かい条件が整わなければできないということである。

大龍蛇體と書いてオロチと読む。スサノオノミコトが八岐大蛇(ヤマタノオロチ)を退治したという神話があるだろう。

オロチは、一種の龍體である。別名、ツチともいう。ツチノコという伝説の珍獣がいるのを御存じであろう。よく御神名に〇〇〇ツチのミコトとかいうものがある。ツチないしヅチあるいはツミという名がついていたら、その神祇の本体は、大龍蛇體・鱗體・龍體のオロチだということである。

彼の西王母も本体は大龍蛇體であった。

深山の神社および御神域において2体の蛇體がご出現され、お姿を見せてくれた。それは2柱の大神のご眷属であった。

この霊域には一行メンバーの全員が最低でも3日間連続で通い、多い人は6回ほど参詣し、水行を行った。これだけのことをやる修道者の集まりは、全国のどこにもない。なぜなら世俗的利益は何もないからである。あるのは『信』『道心』だけある。

滝行を指導してきて3年が経った。わたくしが決意をしたのが3年前の4月29日。そして我が滝行法の最高祭神のお鎮まりになる此処の霊境に来訪し、お行をさせて頂いたのが、3年目の4月29日。あなたはこれを偶然だと思うか。

いずれにせよわたくしたちは、大いなる神威ある神祇と結縁ができたのである。

高知巡礼叢談(1)【姫神・女仙の声を聞く】

高知巡礼叢談(1)【姫神・女仙の声を聞く】 









高知巡礼の旅。今回で4回目となる。今回ほど不可思議な現証を伴う巡礼はなかった。

4回目にして完璧、完全無比なる登拝・巡礼ができた。ようやく道に於いての修行結縁ができたのである。幾多の修道者が為し得なかったことを遂に貫徹できた。

そして修道に於いての絶対的な学則を掴むことができたのである。

人間が六道(ろくどう・りくどう)を輪廻流転して、真実の到達点は何であるのか?というのは、いろいろな見解があると思う。いや、はじめから輪廻などというものを認めないことのほうが、現代では多いのだと思う。

凡夫と聖者を画する一線は何なのか?このことの明確な答えはなかなか得られない。

まして修道の方法や正確な順序を知るなど到底人智では判るものではない。

吾が会の同志諸君よ、正法・正道が我らに存することを誇りに思え。その学則は厳然として我が法の中にあるのである。

今回、神祇を拝礼したときに、姫神・女仙の御声を聞いた。わたくしだけでなく複数が聞いたのである。古来、口伝によってそのような神異・神威があると聞いてはいたが、それがまさか実現するとは思わなかった。信じる者の上には、そういうことが起きるのである。

GWの修道巡礼【風雷益の卦を得る】

【風雷益;チャンスと協力】

今年のGWも修道巡礼を果たす。

一つは古神法の霊地を踏破する宿願を果たすこと。

二つ目は密教の完成に至る道を進むこと。

三摩耶に5種あり。

完全な成仙に至る其の為の設計図というか、道程を知る仙縁を得た。

これは修道者でも極々僅かの者しか知らないことであり、それを記した秘伝の書を遂に手にした。大枚をはたいて得ることが出来たのである。

個々の大体の技法は分っているのだが、要は正確な修道の順序が分らなければ、益を得ることはできないし、それどころか逆に害が生じてしまう。

土佐高知の神山の山系にゆく直前に、このような御啓導と思われることが生じたのは、実に不思議なことだと思う。

一つだけ言うと、あの整体法の創始者;野口晴哉氏は、この方法を或る筋から学んでおり、体得していたということである。

しかし、この方法を得たとしても、『成就者は万人に一人』だと先師先達は明言されているのだ。

だが、人間として生まれて、内容を知ることが出来ただけでも恩頼(みたまのふゆ)である。

今回は弘法大師空海ゆかりの地(室戸岬など)にもゆく。

わたくしは恒例の易占を立てた。

『風雷益』の卦を得る。

卦辞に、
『益。利有攸往。利渉大川。(えきはゆくとこあるによろし。たいせんをわたるによろし。)』とある。

大いなるチャンスあり、しかし協力をしなければいけないとする卦も出ている。

キーワード(鍵言葉)は、『チャンスと協力』である。


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