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  • 2012.12.01 Saturday
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七福神の秘密の教え【弁財天の霊石と拝禮法】

【弁財天の秘密拝禮法とは?】



あなたは「七福神」というものはご存知だろう。

福徳を授けてくれる神々だ。

その中で紅一点の女神がいる。そう、弁財天です!

弁天様という愛称で親しまれていますが、弁才天ということもあるし、弁財天ということもある。

才というのはタレント。芸能や芸術、話術の福徳を授けてくれるということ。

財となると、文字通り「財運」を与えてくれるのです。

元はインドの神であり、サラスワティー、つまりガンジス河の神様なのです。

日本では「宇賀神」といいまして、「ウガ」とは「蛇」のことです。 だから弁天さんの御尊像をよく見ますと、蛇が居られます。「巳なる金(みなるかね)」といいまして、財運がよく身につくというのです。

したがってお供物は「生卵」というわけです。

日本の神々では「宗像三神」ということになっています。

来年は、巳年であり、巳さんの年回りです。これも不思議な巡り合わせですね。(※ちなみに今年は竜神様に三度遇いました!)

巷間では、「弁財天の石」というものがあるんです。それは紫水晶(アメジスト)です。アメジストでも、非常に特殊な「ルチル(針入り)」のものです。普通、紫の水晶にはルチルは生じません。成分上そうなるのです。

「三毛猫」のオスが珍しいように、時おりそういう石があるのです。それはもはや「霊石」であり、愛好家の間では「弁財天の石」といって尊ばれます。

今度の講座(2012年9月2日)では、弁財天の印と真言などについてお話しましょう。神も仏も拝禮する秘訣(コツ)があるので、お伝えしましょう!

極秘の教え【聖俗に力を得る巡礼の仕方】

極秘の教え【聖俗に力を得る巡礼の仕方】

霊魂と書いて「みたま」と読む。そして、この「みたま」は産土神(ウブスナノカミ)によって人(霊止=ヒト)に下付される。

以上のことは、わたしの門下の方々はご存じだと思う。今までさんざん聞かされてきたことでしょう。

今日は少し違うことを述べようと思います。

先ほど述べたように一霊(霊魂)は産土神によって下付されます。

更に肉体や心の一部や遺伝は両親によって下託される。

この二つを「魂霊」と「魄霊」と言います。

ゆえに人は、「神の霊性」と「両親からの素質」を頂いて生まれてくるのです。

だから日本所伝の霊学の教えでは、人の誕生に直接的に関与する産土神が一番重要なのです。

だが、ここで大切なこと(秘訣・コツ)が二つあるのです。

この二つのことを理解せずして霊魂を磨き「たましいの遡及」を成し遂げることは不可能なのです。

それは、そのまま『聖俗に通じる力を得る巡礼の仕方』という極秘の教えにつながってゆきます。

このことは、皆さんは知りたいでしょうね。お気持ちは分かりますが、ここで述べることはできないのです。

これをやっている行者もいますし、商売人もいます。きちんと出来ている人は、皆さん成功しています。

修行者ならば、法力・霊力を得ていますし、商人ならば大成功して金持ちになり信用を得ています。これは本当のことなんです。

だから、わたしもそのことを立証しようとしているし、「霊術reizyutu」もそのような方向性で世の中に出そうと思っているのです。

前、三年間の修行でついにわたしはこれを手に入れることができたのです。神仏に導かれたから分かったと言ってよいでしょう。

これはかつて、天皇や貴族たちが行ってきたことにも通じる秘法であり、本当に極秘の教えなのです。


川島金山




鎮魂の極秘伝【太玄身心長全秘辞による鎮魂の方法】

この法は、効果が非常に高い鎮魂法である。

鎮魂の法にはいくつもの種類・流派があり、ご縁という要素もあるので、どれが善いとは言い切れない。すべては、その人次第であり、自分にあっている方法を見つけるよりほかにない。

指導者は、あくまでもガイド人であるから、味わうのは修行者自身でしかない。

本田流の鎮魂帰神法は夙に有名であり、土台のようなものであるが、時にこれを否定する人もいる。だが、修道上は、このくらいの法を実地にやってみて、更に深く知っていなければ、先に進むことはできないのである。(※伝承者から伝授を受けることが肝心である。)

わたくしが知るかぎりにおいて、効果の高い鎮魂法は、方全先生の『鎮魂法』と、今回ご紹介する『太玄身心長全秘辞による鎮魂の方法』である。

この法は健康を得るためにも用いるものだが、実際の効果はそんなところにはとどまらない。

施行は就寝前に行い、効果が出てきた証として、雑夢が少なくなってくる。

極々簡単ではあるが、ここに述べたことの意味や価値は、分かる人には分かるであろう。

一昨日、弟子の一人と話をした時に、彼に「お言葉ですが・・」という前置きで、「価値の分かっていない人に伝授してあげても意味がないのではないか?」という意味のことを言われてしまった。

わたしは彼に、「(或る神人が修行したと伝えられる磐座(イワクラ)の)御写真があるから君たちにあげよう」と言ったわけである。彼は一言でその意味が分かるから驚喜し、「それは本当に恩頼(みたまのふゆ)です」と言ってくれた。

このように価値や意味の分かる人にあげることで、貴重なものも真価がでてくる。当然だなとも思う。

だが、やはり出来る限り、良質のものを志のある方々に供給したい。自分が得られたときの喜びを知っているから、そう思うのである。

何を得るにも、教えるにも、結局のところ、最後は信頼関係と理解力(知識も含む)が土台なのだということである。その土台なくして、本当のことは分らない。当然のことと言えよう。
 

高知巡礼叢談(5)【秘儀 神道灌頂を創生する】

高知巡礼叢談(5)【秘儀 神道灌頂を創生する】

先般、血脈相承の結縁灌頂を行った。わたくしの行った灌頂は、単なる密教の相承灌頂ではない。ここのところを間違えてもらっては困る。

現在の日本密教では、結縁・受明・伝法・学修という灌頂儀式がある。

だが本当は伝法灌頂の上に、秘密三昧耶がある。これを『以心灌頂』といい、心から心へ法身の悟りを伝達するものなのである。

こういう力を具えた、密教の師匠が居たらお目にかかりたいものだ。結局のところ、法力があるだの霊能力があるだの言っても、肝心要(かんじんかなめ)の法の根源は無くなってしまっている。これが現代の環境というものなのである。

師匠のほうが三昧に入り、『心の本性』でもって受法者と対峙する。それは一瞬の出来事である。あまりにも儀式化したもののなかには、もはや本質は存在しないのであろう。

この『以心灌頂』の復活、さらに『神道灌頂』の創生をわたしは企図する。しかし、それらはすでに完成しつつある。頭の中では、構想が出来ているし、情報・環境も整ってきた。


密教を深く信仰した後醍醐天皇図像(金剛杵を持す)

わたくしのいう『神道灌頂』について一言言及すると、これは中世に行われた天皇の即位灌頂ではない。

中世に我が国の天皇は、即位灌頂というものを行ってきた。それは孝明天皇の御世まで継承されてきた。二条家が宗家となり天皇に印真を伝授したのである。

慈雲尊者飲光も密教僧でありながら、神道灌頂・即位灌頂について深く研究し、自らを葛城山人と称していた。密教の奥旨が神道だと彼は主張した。

だが、わたくしのいう『神道灌頂』は、これらのものとは違うのである。それはどういうものかというと、神界に直結した霊地において、『神真降臨の秘法』を修し、神界に感応した上で、秘詞を修唱し、直接的に神祇・神真と結縁を得て、お力を頂くというものである。

人間の作った寺や神社で行うものとは、全然次元が違うのである。おわかりであろうか?

これで『ピン』と『キリ』が揃った。ピンとキリが分かれば、ピンとキリができれば、どんな芸事でも技術でも、あとは簡単なものなのである。(※ピンが血脈三昧耶相承の結縁灌頂、キリが神道灌頂ということである。訶々)

今回の高知巡礼は、こういう内容の完成を含む旅であったということである。
 

密蔵開陳(その2)【五種三昧耶・五種の灌頂】

今回、三昧耶戒を授与する。狭い道場で行うものなので、設備も充分でないが、これは将来への第一歩ということである。

修行者はこの先、『受明三昧耶灌頂』を受けて、本格的な修行に入り、加行を修行する。これには100日間はかかる。しかしわたしのところでは、250日間やってもらうのが規則である。

しかし、在家用の便法も考えている。250日間行うのは、あくまでも専門の密教僧になる者の場合である。 

今回の灌頂でお分けする霊薬は『大瀧霊境の霊水』に溶かして与えるものであり、神仏冥合せる『加持霊水』である。この霊薬の威力は、生き物を16回以内の転生で成仏させるものである。

本当に修行を望むものは、次の『受明三昧耶』までゆくことが肝要だ。しかし、これはなかなかハードルが高い。だが、一念発起すれば、可能であるかもしれない。奮起を期待するものである。

三昧耶・灌頂には、古来五種類ある。

究極は、導師の心から心に伝達するものなのだが、その他に霊境・神域において神霊から直接来る、神道灌頂がある。これは、灌頂のなかでも最上究極のものである。

さはいえ、今回の三昧耶灌頂は、事の始まりである。正しい道筋がここから出てくるのである。

準備も案外大変なので、次回は未定である。時機が来たら、また行うかもしれない。

霊術が現前す 【大己貴命 直伝の秘印による帰神法】


入滝して『帰神法』に入っている川島金山(撮影;庄田先生)

入滝して帰神法を行うことを実践したのは、霊学講座の著者;松本道別翁である。

そのことは写真の資料などで残っているから分かることだ。

いまの時代に滝行法を修行し、その中で気合法を行い、さらに帰神法を実践しているのは、おそらくは吾が会の修道者たちだけであろう。

まさしく時代を飛び越えて、霊術・霊学が現前しているのである。

滝中に於いて力を抜きつつ、下腹部には適度な力が保たれていることが大切である。

松本道別翁の教えでは、帰神法の時に組む印契は、大己貴命(おほなむちのみこと)
 直伝の秘印なのである。印契(いんげい)のことを別名、「爪櫛の契り(つまぐしのちぎり)」というのだが、幽契(幽界との契約)の有る印契を結ぶことが、秘訣だと言える。

この部分が、本田流の流派との大きなそして決定的な違いである。このことをよく覚えておいていただきたい。

大己貴命(おほなむちのみこと)とは、大国主命のことである。

実は「塩川の大瀧」は、元は大己貴命がご祭神だったのである。この神と清瀧権現(青龍)が祀られていたことは、密教の教えとの深い関係がある。

塩川で密教の法による滝行を修し、帰神法の修行を行うことは、真に稀有なご神縁というべきことであると思う。

必ず神霊は感応して、心根を浄化し、『霊的アイディア』を修道者にもたらすことであろう。

秘伝;真観表を作成する(2)【薬を服して力を得る】

 日々、「真観表」を作成する為に考察し思念しているこの頃のわたくしであるが、ここへきて少し体調が優れない。

これは会の皆さんはご存知のことであり、年明けから行事はこなしているが、まだまだ本調子ではない。パワー全開ではないのである。

原因を「神鑑法」で観ると、金気・西方を犯している。この為には、東方の木気の力を借りねばならぬのだが、昨年12月に、塩川大滝の御祭神の一柱、青竜大権現を犯してしまった。それゆえに「肺臓・気管支」に障りが出た。

西は「兌(だ)」であり、この象は喜悦であり、少女であり、口であり、呼吸器とする。

症状は「咳嗽(がいそう)」であり、咳嗽は霊的には、他人の怨念・恨み・嫉妬などから来る場合が多く、殊にある部位に傷ができた場合は、そのように活断することができる。医学的に咳嗽とは、咳・痰などが出ることをいう。

「真観」により、感応法を行うと、三度の感応があり。更に、思念を凝らして観念すると、その三名の人物の恨みの顔貌・表情が脳裏に浮かんでくる。時として、本人も分からぬうちに、そのような恨み怨念を発している場合がある。こういうもので更に凝ったものを「生霊」という。

そのような恨みや嫉妬・怨念を「打ち返す法」もあるが、こういう場合はあえて使用しない。因縁を積むだけであるから連鎖が止まないのだ。恨みの念の止むまで待って、呪詛を封ずる法をかけるのである。

わたくしの宿曜(二十八宿)は「嘴宿(ししゅく)」であり、宿曜経という密教経典によれば「薬を服して力を得」とある。この宿曜経の指針に従って、漢方を紐解いてみる。

やはり漢方と云えば「傷寒論」が第一でである医傑;永富朝陽は「およそ、医学を学ぶものは、先ず傷寒論を熟読するがよい。そのあとでよい師について親しくこれを事実に試みること五年、十年、やすまずに深い研鑽を重ねるならば自然に円熟の域に達する。それから後に、漢、唐以後の医書を読むならば、その書物が信ずるに足る良書であるか否かが、鏡に向かって美人と不美人とを区別するほど、はっきりする」と言った。

また「傷寒に万病があり、万病に傷寒がある」とも断言した。漢方と言えば今でも「傷寒論」なのである。

わたくしの症状の場合、気管支・呼吸器系統なので「小青竜湯」ということになる。どういう漢方なのかみてみよう。

斯界の大家であった、矢数道明先生の「漢方処方解説」から引用する。

「青竜は中国古代四神の一つで、東方を守るという。青竜湯の青は麻黄の色の青さをもって名づけられた」とあり、「心下や胸中に水毒と寒えがあり、気の上衝が起こったり、表に熱があるので、その水気が上方または表にあふれ出て、咳嗽、喀痰や喘息、浮腫などを発したものに用いる」という。

わたくしの症状は、すこし違うのだが、とりあえずこれを服す。これで改善の糸口がつかめて、更に整体における肺臓の急処を温めて、症状は8割以上改善した。症状が改善されてきたら薬を変えないといけない。

このように「神鑑法」は、人事百般なんでも応用でき、その原因を特定できるのである。霊感なくして百発百中の妙を得るのである。

一番の要は「正確な真観表の作成である」。これこそが秘伝であると言えよう。

(つづく)

秘伝;真観表を作成する(1)【五臓色体表を研究す】

わたしが「五臓色体表」について詳しく研究するようになったのは、或る僧侶の方から、有名な観相家・水野南北翁の逸話を聞いてからだった。

このことは、先日行われた「西王母祈念祭(1月7日)」の講話でお話した。

「五臓色体表」とは、五行をすべての事象にあてはめたものであって、古代中国の叡智である。五行とは、木火土金水(もくかどごんすい)であり、生剋というものが、大切な考え方だといえる。

例えば、火と金の関係は、火が金を溶かしてしまうので、「火が剋する金を」ということで「火剋金(かこくきん)」という。

逆に木と火ならば、木から火が生ずるので、「木から生ずる火が」で、「木生火(もくしょうか)」となる。

良い関係・相補う関係を「相生(そうしょう)」といい、剋害する関係を「相剋(そうこく)」という。これは「占術」の基本である。有名なところでは、陳耕山先生の著した「三才発秘(さんさいはっぴ)」がある。この中の「五行生剋の詩」は非常に参考になり、裨益するところ大である。

この五行色体表ないし五臓色体表が、「真観表」と非常な関係を有するのである。完璧な図表の作成には、「易」「九星」「色体表」の知識がなければ為し得ないものである。このことははっきりしている。

真剣に寒行の修行をして、よく作法・行法を履修し、意味を理解した者でなければ、真実の「真観法」を活用することはできないであろう。

現在わたくしは少数でもいいから、本物の修行者を養成したいと思っている。

(つづく) 

画竜点睛を得る!真鑑書【運命開発・改定の一大秘事】



以前にも、お話したことがあると思うが、関西に稀覯本や資料など萬集家といってよいお方がいる。

わたくしのブログを見ていてくださって応援してくださっている。

この方から、ごく最近『真鑑書』一巻を頂戴した。この書は、野口晴哉先生の師匠;桑田欣児先生によってなるもので、人間の運命看破の方法を説く。似ているものはあるけれども、類書はどこにもない。

この書を紐解くと、野口晴哉先生が桑田先生の創始開発・著した『神鑑法・真鑑書』に熟達していたことは、容易くわかる。

最近のわたくしを取り巻く環境や事象・出来事、霊夢など、すべてを勘案して考えた末に、一つの結論を得るに至った。その経緯は割愛するが、背後で誰かが手配でもしているのか、と思うくらい妙な感じがしていた。

その結論が、『真鑑書』の秘伝と合致したのであった。

だから現実の一つ一つの出来事よりも、「運命の原理」「運命の開発法・改定法」を悟ったことのほうが、衝撃的なわけである。

『真鑑書』には、一大秘事が説かれており、これを念頭におくことで、運命や改定法など自在にわかるようになる。

実に恐るべき秘伝である。

衝撃的なのは、この書の中に、まさしくわたくしのことが書かれていた。まったく符合するというか、それそのものなのであった。だから、容易に理解できる、というよりも自分のことだと思ったわけだ。

観相・相術(いわゆる人相・画相など)に興味を持ち、天源術や淘宮術なども参考・研究してきたわたくしであったが、どうにも腑に落ちない何かがあった。

相法の土台には、法華経の方便品第二の『十如是(じゅうにょぜ)』がある。

すなわち、如是相(形相)・如是性(本質)・如是体(形体)・如是力(能力)・如是作(作用)・如是因(直接的な原因)・ 如是縁(条件・間接的な関係)・如是果(因に対する結果)・如是報(報い・縁に対する間接的な結果)・ 如是本末究竟等(相から報にいたるまでの9つの事柄が究極的に無差別平等であること) の十である。

如是本末究竟等は「にょぜほんまつくきょうとう」と読む。

相に出ているということは、その中に性質や力・作用が、原因としてあるということである。その原因が根になって、縁を結び、結果や影響を蒙るのである。

だから「相」ということは、とても大事なのである。

だが、わたしは納得がゆかなかった。十如是も天源も観相も道理として理解しているが、腑に落ちない。

この度『真鑑法』のお示しによって、『画竜点睛』を得た。これはオーバーな表現ではない。本当に運命の原理、改定法の原理を得たのである。腹の底から納得した。

一般にいう宗教みたいなことをやっていても、運命改善など出来はしない。ものには順序と道筋があり、それを理解して行うことが大切なのである。運命改定もそのようにしてなされる。

一大秘事。それは『同一線』というものである。

この秘事を説くことは、既成の宗教(1種・2種問わず)の教えを真っ向から否定することになりかねない。

しかし、来る辰年にわたくしはこの秘事を皆さんに説いてゆこうと思う。







霊夢【『神鑑法』の精読・来る年の示唆を得る】

 

一昨日は、「皆既月食」だったわけだが、翌日の早朝に、明らかなる『霊夢』を見た。

いつも言うことであるが、霊的な夢の場合は、非常にはっきりとわかるものである。

非常にリアルであり、現実・日常生活に戻っても、その時の感触や会話などが、ありありと甦ってくるのである。そして、示唆に富んでいる。

こういう霊夢を見たときには、特に「夢に力をつける」ということをしたほうが良い。

吾が法門中には、『大夢感法』『自然智の光明の夢』等々の修行法がある。霊夢の認識や活用は、その一端である。

先に述べた霊夢では、桑田欣児著の『神鑑法』をわたくしが体得しており、それを或る方々に説明するという設定であった。

また、夢はわたくしの未来の立場というものを示していた。

その他に、人知では計り知れない、一種のお知らせが含まれていた。

しかし、一番現実と結びついていたことは、桑田欣児先生の『神鑑法(真鑑法ともいう)』をわたくしなりに掴んでいたということであった。

そういう内容の夢だったので、すぐに『神鑑法』を個人的に製本して、持ち歩くことにした。今までよりも更に深く徹底的に体得するべく、体勢を整えることにした。来る年の課題とも言えよう。

持ち歩いていると、本当にしっくりとしている。不思議である。

このところ摩訶不思議なことがある。電気的なものが、急に壊れたり、止まってしまうのである。大体が、桑田先生の霊術について考えている時、もしくは極く最近つかんだ真言秘密の法について思っているときなのである。

電気的というか、気の高まりの様なものの作用なのではないかと考えている。実際のところは、霊界の桑田先生や真言秘密を伝えた方の霊的存在からの霊気みたいなものなのではないかと思う。これはわたくしの偽らざる実感である。


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